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「そういえば、おれって何で夏目なんだろうな・・・」 自室に仰向けに伏せたまま、腕を伸ばして友人帳をぱらぱらとめくっていた夏目が、そう零した。 たいした意味のない、つぶやきにすぎないものだ。 まったりと日向を浴びまどろんでいたニャンコ先生は、しかしその声を流しはしなかった。 「なんだ突然、夏目は夏目だ。それともお前、自分が夏目でないとでも言うつもりか」 「そんなわけないだろ」 親の顔すらも記憶に遠い。それでも自分の名前が、生来から夏目貴志であることは明らかである。 そして夏目レイコの、今となっては唯一の血縁であることも。 だから夏目という名字が、違わず自分の名前であることは疑いようもない。 「先生をはじめ、お前達あやかしは俺のことをみんな夏目と呼ぶな、と思って。レイコさんのことはレイコなのに」 たいしたことではない。それを不満に思うわけでもないが、その差異を不意に思っただけだ。 「そりゃあレイコが、自分はレイコだと名乗って回ったからだろう。夏目、という家名よりあやかし達はレイコの固有名の印象が強いのさ」 「ふうん・・・」 逆にその血を引く、という特異が先に立つだけに、夏目は夏目と呼ばれるのかも知れない。 レイコの孫。おなじ夏目として。 最後の頁までたどり着いてしまうと、もう一度表紙側から繰り返しぱらぱらと重力に従って繰っていく。 わずかに起こる風が夏目の前髪を浮かしていった。 ここに書き込まれた署名を、夏目はすべて読み取ることが出来る。知るはずもない、姿も分からないあやかしの名前がほとんど。 夏目はその名を、呼ぶことが出来る。出来れば本来の用途だからって、使役などしたくはないが。 「何だ、お前名前で呼ばれて欲しいのか」 ニャンコ先生の少し、からかう口調が耳に届いて、目線だけ遣った。 「そんなわけないだろ」 学校の友人だって、夏目のことを夏目と呼ぶ。男の友人関係なのだから別段おかしくはない。 貴志と固有名を呼んでくれるのは、ともに暮らす藤原夫妻くらいしか、すぐには思い浮かばなかった。 (まあたしかに、名前で呼んだ方が友人らしくはあるかもな) そうは思うが、あやかし達と特別親しくしたいわけでも、名前で呼んで欲しいと思ったわけでもないのだ。 「タカシ」 今度こそ夏目は、顔ごと声の方向へ向けた。 ニャンコ先生はいつも通り、座布団にくつろいだまま、ほんの少し半円の目を細める。 「どうだ、呼んで遣ったぞ。うれしいか?貴志」 「・・・・・・」 しばらく室内に沈黙が降りた。夏目は思い切り顔色を悪くして。 「・・・なんか気持ち悪い」 「きっ・・・お前私が気を遣ってやったというのに!」 とたん機嫌を損ねてばたばたと抗議に喚く。いや、だって正直気持ち悪い。 (だから、名前で呼んで欲しい訳じゃあないって言うのになあ) 少し呆れて半眼で、とうとう拗ねてそっぽを向いてしまった用心棒の丸い尻としっぽを眺める。 だらりと片腕を畳の床に垂らして、そちらへ手を差しのばして、ぽつりと、つぶやいてみる。 「・・・斑」 「・・・・・・!??」 依り代の丸い曲線が、ぞわりと総毛立つのを見た。 「そういえば先生ってそんな名前だったよなあ、斑?」 「や、やめろやめろ!お前にそう呼ばれると無性に気色が悪いぞっっ!!」 だろう? 夏目はとうとう血相を変えるニャンコ先生の様子に吹き出して、腹を抱えた。
そう、別に名前で呼んで欲しいわけではない。 夏目、と呼ばれて、その声が誰のものであっても、自分を呼んでくれる声に違いはないのだから。
(夏目と先生) 2008.10.13
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