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その日は朝から雲ひとつ無い晴天で、いつもなら凍えそうな空気もすがすがしく、日ざしも柔らかだった。 『さあ、さあさあ今年もこの季節がやって参りました!2月!まだまだ寒い日が続きますが2月です!!』 偉大な錬金術師が残したレシピにある、拡声器から王都中に声が響く。 やたらとテンションが高い若い男の声は、何がそんなに楽しいのか、弾みまくって上擦っていた。 『2月といえばー!そう、そうそう春が来るー!まだまだ全然防寒具は手放せませんが暦の上で春ですよー!ひゃっほーう!!』 どこから声を発しているかもわからない、朝も早くから響き渡る放送に、王都中の扉や窓が開く。 なんだなんだと顔をのぞかせ、首を傾げ騒ぎ出す国民たち。 『この、素晴らしく、みんなが待ちわびた春の訪れを祝って、今年もセントシュタイン恒例、アレをやるぞーっっ!!』 アレ。 アレ??アレって何だ…? アレよ、きっと、去年もやったわ、そうよ! まさかアレなのか…? 反応は様々に、ざわめきが大きくなる。 本日のチェックイン時間まで余裕がある、宿屋の面々もそれぞれ目を瞠り、顔を見合わせる。 「ルイーダさん、アレって何なんですか?」 今年からセントシュタインで宿を経営始めたばかりのリッカはもちろん知るよしもない。 ルイーダは意味ありげにウインクをくれ、まあ見ていれば解るわよ、としか教えてくれない。 まあどんな催し物があっても、彼女たちは年中無休の宿でお勤めを果たすだけだけど。
「セントシュタイン主催、豆まき世界選手権だあ?」 こちらも王都で冬を越すのは初めてになるガトゥーザが、これ以上ないと言うくらい眉間に皺を寄せて胡乱げに吐き出した。 「豆まきの世界一を競うらしいよ。ばかばかしい。平和だね」 こちらは春の訪れを普通に過ごす派らしく、炒り豆をぽりぽりとおやつにしてつまんでいる。 「でも、すごいね。賞品が豪華よ」 キオリリは町中にばらまかれたちらしに目をやって、あきれとも感嘆ともとれるため息を吐く。 優勝賞品:世界宿王グランプリ上位入賞宿の特別宿泊券一年分、賞金10万ゴールド 審査員特別賞:世界の秘湯をめぐるペア5泊6日旅行券、賞金1万ゴールド 参加賞:セントシュタイン特産シュタイン大豆(一袋) 「こうでもしないと参加者が募れねえんだろ。それとも意外と盛り上がってんのか?」 「…どうやって豆まきで盛り上がるって言うんだろ。もっとも…」 指についた脂を舐めとって(旅を始めた頃はこんな行儀悪い真似はしなかったのだが、だいぶ染まってきたようだ)、オマールは顔を上げ言葉を切る。 「参加する馬鹿がいるんだろうね、まちがいなく」 ガトゥーザ、キオリリ、オマールの三人は無言の了承でお互いの意思疎通を終える。 うむ、と頷く。 その日は絶対、宿からは出まい。 他人のフリ他人のフリ。
そして、2月に入って三日が過ぎ、豆まき選手権当日を迎えた。 告知から三日しかなかったというのに、特設会場は多くの観客と観光客、そして急ごしらえの出店やセットが並び、かなりの賑わいとなっていた。 『皆様、お待たせいたしました!!ただいまより、第386回、豆まき世界選手権を開催します!!』 喝采と拍手と、どよめきが半々。 歴史古っっ!!!という声が実際にあちこちから上がる。王都民も知らない深い事情があるようだ。 『今大会は、春の訪れを祝し、魔を滅する、魔滅(まめ)、転じて豆まきの技術を競っていただきます!豆まき選手権委員会が一年かけ熟考した、数々の難関をクリアし、見事その頂点に立った人を今年の優勝者とします!』 もはやいろいろ突っ込みどころが多すぎるが、今からその様子ではついて行けないだろう。観客の多くはあえてスルーしている。さすがセントシュタインは都会である。 特設会場の壇上にカウンターが設置されており、告知も担当した男が座り、熱く解説を続ける。 『今大会も、世界中から多くの出場参加希望者を募りました!私ども委員会で厳正なる書類審査、検討のすえ、最終審査を通過した、この6人の方を紹介しますっ!!』 大振りの動作で、司会が舞台の影を指し示す。 やがて影になっていた一帯に、ばっとライトが当てられ照らし出され、6人の男女が姿を現した。 『1番!!強肩ならだれにも負けない!!力強い豆まき!戦士、トムさん!』 マッチョな鎧の男性が期待を裏切らないポーズをとって魅せる。 『2番!!得意はフォーク投げ!現役のスポーツ選手!ボブさん!!』 帽子を被った青年がさわやかな笑顔で声援に応える。 そんな調子でとんとんと選手紹介が続く。しかし前半の選手にスポットが当たる間も、観客の目はちらちらと、最後の6番に向けられてしょうがないのだった。 『5番!セクシー豆まき!むしろ邪念が湧きそうだ!踊り子、ジュリアさん!』 1番と似たようなポーズをとる露出の高い、色気たっぷり若い女性。歓声はその比ではないが。 そして、満を持して、6番の人物にスポットが当たった。 『そして最後の6番!怪しさたっぷり、その正体は謎に包まれている!謎の覆面、魔滅(マメ)ックス!』 びしっと手を伸ばしてポーズをとるのは、やけに背の低い華奢な人物だ。しかしその頭部はよりによって、あらくれマスク。 しゅこーしゅこーと口元から呼吸音が漏れる、アレだ。ちなみに長時間かぶり続けていると蒸れる。 「っていうかルイルイじゃねーか」 「なんだそのマスク」 「いや、宿屋のとこの手品するちびっこだろ」 どやどやと観客側から声が上がる。頭を隠している意味が皆無だ。 こんなところに出てくるちびっこ=宿屋の手品師、というのは、もはやセントシュタインでは有名な話である。 「え、えー…、魔滅ックス選手の正体に対する意見がいろいろと寄せられているようですがー…とりあえず謎の覆面選手ということで行きましょうー…」 司会もその辺は投げやりに流す。 「以上、この六名で、今年の豆まき世界一を競っていただきます!」
拍手が上がる。いろいろと思惑もあるだろうが、盛り上がる催しに皆期待に顔を輝かせていた。 壇上の6番は、覆面の下で口元をほころばせる。 みんなの笑顔が、よおく見える。
とぅー びー こんてにゅー…!
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