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イザヤールの弟子はどちらかといえば虚弱である。 出逢った頃に比べればかなり健康になったが、生まれつきの体格と体質はどうしようもなく、同じ年頃の下級天使とも比較されがちだ。 それも承知の上で、イザヤールは弟子に選んだわけであるが、その落ちこぼれっぷりも指導の賜物か、本人の努力かましになり、見られるほどになってきた。 このまま研鑽を積めば、なんとか守護天使として自分の後任を譲ることも出来るだろう。 が、まあ虚弱は虚弱だった。 弟子が病を患った。
天使は人間と違い、病原菌や毒などで病に冒されることはない。滅多に怪我も引きずらない。よっぽどのことでないかぎり命を散らすこともない。 天使が煩うとすれば、オーラだ。 天使は人間の感謝の気持ちで充足感を得、それが健康にも影響してくる。 反対に強烈な負のオーラは、上級天使なら耐えられるが下級天使の未熟な心身にひどくこたえるのだ。 とはいえ、天使界にいさえすればそれほどの負のオーラにふれる機会もなく、安全である。 事の起こりは人間界で大規模な魔物討伐の編成が組まれ、多くの腕に覚えがある中級、上級天使が遠征に向かった。イザヤールもその一人。 無事、怪我人数人だけで討伐を終え戻ってきた天使は、身を清める間下級天使に近づかない。下級天使の方も、近寄ることを許されていない。 しかしイザヤールの弟子を初めとする数人は、師匠達の凱旋に浮き足立ち、見張りの目を盗んで師の元へ駆けつけてしまったのだ。 当たり前のように師に怒鳴られ、見張りに説教され、あまつさえ下級天使達は反省部屋に一日拘留の罰となった。 狭く暗い部屋の中、正座をして黙って過ごすのだ。無駄な口をきけば罰の期間は延びてしまう。 (ルインの所為だ) 最初に言い出したのはルインだった。最初彼女は一人で行くつもりだったらしいが、じゃあボクもオレもとみんなが乗ってきたのだ。 自分も勇んで駆けだした割に、あきらめの悪い少年が隣のちいさな肩をどんと小突いた。 隣からは、無言でトン、と小突き返される。しかしその返される力の弱さに、少年は眉をひそめる。 イザヤールの弟子、赤い髪で落ちこぼれ。色々やらかす問題児としてある種有名なルインは、仕返しに遠慮するようなしおらしさは欠片もないはず。 (ルイン?) おかしいと思って顔をのぞき込む。少年は並んで座り込む他の面々にも、困ったように目配せをする。
「イザヤール。ルインが倒れたみたい」 ラフェットからそう告げられ、イザヤールは驚きもせずにただ顔をしかめた。 「オーラ煩いですって」 「つまりは風邪のようなものか。天使界で風邪を患うものなど初めて見たな」 「私も。あなたの弟子って本当に観察のしがいがあるわよね」 あいつは朝顔かヘチマか。ラフェットの物言いにイザヤールは何とも言えない気分になりながら、とりあえず弟子の元へと向かった。
遠征に出た戦士達にはわずかながら休暇が与えられている。 イザヤールはこの時間をルインに新たな指導を、と考えていたのだが綺麗に流れていきそうだ。 「ルイン、入るぞ」 念のため声をかけたが返事がない。弟子に与えられた部屋にはいると、顔色の悪い弟子が神妙な顔で必死に眠っていた。 額に手のひらを置いてみる。熱い。 弟子の持つ気配もいつも以上に弱々しく、不慣れな不穏のオーラに参ってしまったのだと知れた。 (他の下級天使の誰も倒れるほどはなかったと聞くのに、なぜおまえだけ熱を出すのか) はあ、と溜息を漏らしつつ。こおりのけっしょうを布にくるみ、額に乗せてやる。 息苦しさが和らぐよう、ラフェットからもらった薬草とリラックスハーブの調合香を枕元に置いてやって、イザヤールは背を向ける。 すぐ側の机にかけて、持ち込んだ荷物から色々と取り出す。
(我が師が帰ってきている) 朦朧とした意識の中、ルインの思考はまずその言葉をつむぐ。 いないならいないで好き勝手が出来ていいが、それはそれで困ったこともあるのだった。 「起きたか」 声に、視線をあげるとまん丸の師の後頭部があった。大きな翼は出迎えたときに見たときと違い、血の汚れなどどこにもない。 「口々にみな、お前が発案者だと言っていたが、なぜあのようなことをした」 師の声は、部屋に満ちる静寂と同じぐらいに凪いでいて、横臥するルインを安心させる。 そういえば頭がひんやりとして、いいにおいがして気分が少し楽になっている。 「どうせまた余計な考えを巡らせていたのだろう」 (我が師はさすが、わかってる) 他の上級天使は言い訳など許さないどころか、理由を聞き出そうともしなかった。 ルインには有り難いことであったが。 「まさか私の無事を確かめにはせ参じたわけではないだろう」 (まさか。我が師が無事だってのはわかってる) 反射的な感覚で。意味もなくそれは信じられる。 「初めて遠征を経験するという、中級天使オリヴィアの弟子に頼まれたか?」 ルインは喉が痛かったとはいえ、すぐに否定の言葉を口に出来無かったことを後悔した。 けれどすぐに考えを翻すとにこりと笑う。 「我が師に怪我がないか、心配でたまらなかったんだよ」 「バカめ」 我が師にならばれても仕方がないか、と思う。 きっと誰にも言わずに胸に秘めていてくれる、そういうところは師に対し絶対の信頼がある。 「食べなさい」 「りんご?」 硝子の器を差し出される。匂いでわかったが、りんごは何故かすり下ろされている。 初めて見る形状に首を傾げながら、さじで掬って口に入れてみる。 「おいしい」 驚くほど喉に通りが良く、優しい甘さがしみた。 「病人食のひとつだが、お前はりんごが好きだろう」 寝台に椅子を寄せて腰掛ける、師のまじめくさった顔を見つめる(そもそも表情筋の乏しい師弟としても有名だ)。 なんで知ってるの、と思う。 「薬を調合してもらったから、食べたらこれを飲んで眠れ」 今度は陶器の湯飲みを差し出される。これまたがっかりするぐらい緑色で、どろっとしている。 「…苦い?」 「苦い。そして少し辛味もある」 …味見でもしたのだろうか。イザヤールはやけに味に詳しかった。 「薬をすべて飲めたら、またりんごを擂ってやる」 「…はい、飲みます」 正直気は進まないが、ルインはちょっと動揺していてまともな思考も保てない。 イザヤールがやけに献身的だ。あれやこれやと手を焼いてくれ、こんなに構われたことがあったろうかと思う。 人間の子供は、病を患うとこんな風に家族に優しくしてもらえるのだろうか。 「……げほっ」 これ体調悪化するんじゃ、という強烈な風味の薬を飲み干すと、擦りりんごをもらってぱくぱくと食べる。今度ははちみつまでかかっている。美味しい。 「眠りなさい」 額をそっと押されて再び、枕に沈む。覆い被さってきたイザヤールが、乱れた掛け布団をきちんとかけ直してくれる。 ぽんぽん、と布団を叩かれる。 ルインは目を閉ざす。全身が安心で包まれて、すぐにでも眠りに落ちそうだ。 「…我が師、イザヤール。ごめんなさい」 ふ、と師が頭上で笑った気配があった。 「おまえの面倒を見るのが私の役目だ。早く快復して修行に励むのだな」 はい、と答える前に、大きな手のひらに前髪を撫でられて意識を沈めていく。 こんな風に二度と、迷惑をかけたりしない。絶対にしない、と決意を胸に抱くのに。 病気になって良かったなどと、不用意な思いも浮かぶ。 欠けたところなどひとつもない、ルインは幸せでいっぱいだった。
見ていてくれる存在。 師弟はふだん一見、あんまり仲良く見えないのです。
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