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天の箱船内は、いつもきらびやかなほど明るくまばゆく、そしてあたたかい。 実家に帰る、と告げると、長い道中つきあってくれた旅の仲間たちは胡散臭げな目でルインを見て、生まれ故郷なんてあったのか、一体どこの辺境だなどと聞いてきた。 正直に、空の上と答えたルインを、彼らは生暖かい目で見送ってくれたものだ。 信じられないことは承知の上、むしろ重畳。ただ、またなと添えられた言葉が胸に突き刺さっていた。 人間界での生活は、頭に描いていた想像や憧れを突き抜けるほど、楽しくて、目眩のするような興奮をルインにもたらした。 (一介の天使が、普通の守護天使が、得るはずもない経験、か) では、ここらで満足するべきなのだろう。自分はじゅうぶんに堪能できたと思う。 羽根のない自分が今後、どういった扱いになるかは解らないけれど、喜んでおこう。 (果実が七つ、集まった) えらいボク、よく頑張った。本当に大変だった、何度もへこたれそうになったものだけど。 一度も嫌だとは思わない旅路だった。 「ちょっとルイン!さっきから黙ってぼーっとしちゃってるけどさ、シャキッとしなさいよ!」 「あー、サンディ」 目の前をぱたぱたと飛び回る、今や旅のパートナーともなった妖精さんが、気の抜けたようなルインの様子にしびれを切らして声を上げた。 「ぼーっとっていうかさ、感慨深くもなるよー、ボク結構疲れたもん。がんばったよね」 「そうよねー、ちんたらちんたらしていつになるかと思ったけど、まあがんばったほうじゃね?」 同意を求めたが、サンディからの返答はおざなりで愛がない。 ルインは苦笑して、なんとなく箱船の操作盤に目を向けた。 もう少しだけ、ぼうっとしていたいな、と思う。そうすればこの、とりとめもない思考に飽きるだろう、自分は。 そうすればまた、いつもの自分に戻れるだろう。 そう思って金の目を伏せ、ふいに何かに急かされるよう、再び見開く。 「な、ナニ?ナニごと?!」 一陣の風、光の軌跡となって、人影が箱船内に現れた。 「久しいな、ルイン」 この姿で、この声で、ルインの名前を呼ぶのはどの世界中を探してもひとりだけだ。 「我が師」 「えっ、アンタのお師匠様!?」 サンディの純粋な驚きが耳に入ってはいるが反応できないほど、ルインはまじまじと目の前に現れたイザヤールを凝視していた。 それはイザヤールが怪訝に眉をしかめるほど、熱心に。 (つばさがある) 腕も、足も、どこも傷を負った様子はない。 「我が師」 ルインは安堵のため息とともに、もう一度呼ぶ。 ああ知らなかった。こんなに自分は師の無事を案じていたのだ。 当たり前のことなのに。イザヤールが怪我一つしていないなんて、ルインにとっては当たり前のことなのに。 「………」 弟子の、まっすぐな視線にさらされ眉を寄せていたイザヤールだが、その無事な姿を見、さすがに思うところがあったのか目元を細め、ひとつ頷く。 「ところでルイン、女神の果実を七つ集めたのだな」 「そうなんですよ、大変でしたがやってやりました」 弾かれたように顔を上げ、胸を張って、集めた金色の果実を大事に直していた袋から取り出してみせる。 「さすがは私の弟子だ、よくやった」 その言葉は常であれば至上のひとことだ。けれどルインはふと、師の顔を見上げていた。 先ほどとはまた違う、見開いた目で。 (我が師は、私の弟子って言葉で、ボクを誉めたりしないんだ) それがわずかに違和感をうんで、ルインは戸惑う。 「果実は私が天使界へと届けてこよう。さあ、果実をこちらに渡すのだ」 「我が師」 不思議な違和感を抱えたまま、イザヤールの目を見つめ続けたまま、名前を呼んで、ルインはそれでも果実を手渡した。 「確かに受け取ったぞ…」 その時、箱船内に、ルインの耳にも重苦しく、果実を催促するような声が響く。イザヤールの名を呼んで。 「我が師」 ルインはいつもと変わらぬ様子でもう一度、師を呼んだ。 しかし応えたのは昏いひかりを瞳にともらせ、かつて知らぬ敵意をむき出しにした天使だった。 「邪魔をするなら、容赦はせん…」 イザヤールが剣を構える。しかしルインは呆然と突っ立ったままだった。 (刃向かわぬのか?) イザヤールの表情に焦りのようなものがかいま見えた。 剣を向けられ、何らかの抵抗を見せようとしたところで天使の理において、ルインには何も出来ないだろう。 しかし、しかしだ。 その場から一歩も動かず、構えもせず、揺るぎない眼差しを向ける弟子の姿に、さすがのイザヤールも戸惑いを覚えたようだ。 「…剣を構えろ」 低く命じれば、びくりと腕をふるわせるが、ルインは微動だにせず、変わらず立ったままである。 「逆らわぬつもりか?そうであっても私は、お前を見逃すつもりはないぞ」 目を、見開いたままでいたら。 師の剣が、どれほど美しく鮮やかに自分の身体を切り裂くのかが、よく見えた。 「ルインッ!!」 (昔は見えなかったのになあ…) 瞬く間に意識が沈んでいくのが解る。冗談じゃなく痛い体が、師の本気と自分の思いを確信に変える。 サンディが悲鳴を上げて叫んでいるので、彼女の無事は何とか知ることが出来る。 「さらばだ、ルイン」 遠ざかる師の声に名前を呼ばれて、意識をさらに眠りへと誘う誘発剤になる。 我が師はいい声をしているな、もはや寝ぼけた思考の狭間に。 (我が師、我が師、あなた嘘をついているのでしょう、演技がこんなに上手なんて知らなかった) (本気ならボクごときを、一刀で即死させられないわけがない)
けれど斬りつけられたのが痛くて、身体なのかその奥なのか判断がつかないくらいに痛いので、ルインの閉じた目の端に涙が浮かんだ。 いつかこんな日が来るんじゃないかと、ルインはずっと思っていた。
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