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ひとの笑顔が好き。 悲しい顔や怒った顔を、なにがなんでも笑顔にしたいとやけになってた時期もある。 今はそこまで思うこともなく、すべてのひとを笑顔に出来るなんて不可能であることも知っている。 でも、もしかして? もしかするかもよ?とも思う。 ボクは強欲。 コレは昔ッから変わらないね、我が師。
「…何をしてるんだ、おまえは」 いつも宿屋のカウンターに、名物壷として置かれているカマエルを、抱きかかえてルインがこそこそ出て行った。 「お、お嬢様どうなさったのですか。アッ、いけませんお嬢様!わたくしには使用人の分がああ~」とかなんとか叫んでいるカマエルの、嘆かわしい声を聞き取れる人間は限られている。 イザヤールは半眼になりながら、すこしは成長したと思えた弟子のあとを追う。 果たして弟子は、ほとんどひとの通らない倉庫の影で、ごそごそと道具をひっくり返してなにやらしていた。 「なんで着いてくるの我が師」 イザヤールが声を掛けるよりも早く、弟子からは心底困惑したような声が背を向けたまま返される。 肩をすくめる。もはや自分たちに天使の師弟の制約はないとはいえ、なんという待遇か。 「追われたくないのならばもっと上手に立ち去るのだな」 「じゃあカマエルの所為だ」 「そ、そんなお嬢様!あんまりなお言葉!」 釜は翼をばたばたと羽ばたかせ、心なしかじっとりと湿気を帯びて悲しむ。 つらっと責めはしたが、あんまりにもカマエルが嘆くのでルインは釜の表面をなでなでして宥める。 「…またろくでもないことを考えついたのだろう」 「そうだけどだとしてもイザヤールには言いたくない」 ルインは背を向けたまま、拒否の意を変えはしない。これがかつての師に対する態度か。 イザヤールは眉間の皺を深め、怒りを感じはしたが、やや置いてため息を吐いた。 「おまえのことだ。どうせ隠しておいて驚かせたかったのだろう」 「それ言うかな我が師言うかな」 がくりと肩を落とすルインの脱力した声に、イザヤールは苦笑した。 「その、すまなかった。おまえはもう子どもではないのだったな」 「………私もごめんなさい、イザヤール。無礼な口をききすぎました」 声は相変わらずの淡々で、殊勝にルインは振り返って謝罪を述べる。 表情はすこし複雑そう。大事そうに釜を、両腕いっぱいに抱きしめて。 「これを隠したかったのか?」 ルインは素直に頷く。イザヤールにも黙っておいて驚かせたかったが、こうなってしまうともはや黙っておく方が心苦しくなっていた。 「我が師の察しの通り、ボクの身勝手な欲望で思いついたことなんだ」 「まるで悪事をはたらく口ぶりだが…おまえはこの宿の者達を大事に思っているのだろう?」 ルインはまっすぐに、高い位置にある師の目を見上げる。翼がなく光輪もなくとも、この角度だけは変わらない。 「ならばその気持ちは尊重するべきだろう。誇りに思いこそすれ恥じるところなど無い」 「恥ずかしくはないんだよ。成功しなかったらそりゃあ赤っ恥だけど」 「…おまえはいちいち口が減らないな」 そこは見直すべき悪癖だ、イザヤールはこめかみを指で押さえながら、弟子の頭に手を置く。 「わかったら観念して話して見ろ。おまえの勝手な思いつきがどれほどの精度か私が添削してやる」 ルインはやはり師の顔を見上げたまま、素直にこくりと頷いた。
今日はバレンタイン。 恋人がいるひともいないひとも、友人同士で盛り上がったり、想いが成就したりしなかったり。 人それぞれの表情が伺える、そして甘い匂いの漂う聖なる日。 セントシュタインでは街のいたるところで明かりが灯されロマンティックな夜を演出している。 恋人達のムードもいやがおうにも盛り上がる。 「へっ、なーにがハッピーバレンタインだ。こっちはめでたくなんかないってんだ」 中にはこんな人も当然いる。 けれど、くさくさして、いまにも軒先のゴミ箱を蹴り飛ばそうと足を上げた彼は、目の前に落ちてくる白いものに目を瞠った。 「あ?」 ハラハラと、落ちてくる白いもの。雪かも思えば違い、ちかちか星形にまたたいて赤青紫と色を変え、地面に落ちて消えていく。 「な、なんだああ?」 幻覚か、と目を擦りながら上空を見上げる。 次から次へと、星形の光が空から降ってくる。 「……!!!」 足音もほとんどしない軽やかさで、小さな人影が屋根を伝い駆けていく。 その背にはサンタクロースのように袋を背負い、その姿はひらひらの襟、スカートを翻す不可思議な姿。 目を丸くする、路上の男と、駆け去る人影の目があった。鮮やかな赤い髪の少女。 「ハッピーバレンタイン!」 少女はにっこり笑うとそう告げて、あっという間に隣の家の屋根に飛び移って駆けていく。 「………なーにが、ハッピー…」 きらきら、ちかちかと、星は彼にも相変わらず降り注いでいる。
その日、世界中で、色とりどりの星が降り注ぎ、しばし人の目を奪い、歓声を集めた。 屋根の上で駆け回る異国の衣装を身に纏った怪しげな影が複数人に目撃される。 ひとりは少女。小柄でにこにこ笑顔を振りまき、手を振りながらという愛想尽き。 ひとりは青年。やたら長身で長い裾をなびかせる、こちらは愛想の欠片もなく静かに駆け去っていく。 もしくは長い箱のようなもの。高い笛の音が時々きこえ、町や村の上空を旋回して星の光をばらまいてどこかへ消えていったという。 また、少女と青年は白い袋を背負っており、それがまるで羽根のように見えたという意見もちらほらとあった。
「ふふ、ふふ。あーつかれた!」 荒い呼吸を整えながら、すべての主要都市を一晩で回り終え、箱船の中でルインは笑う。 「……ルイン。まさかこう言ったことを繰り返ししているのか」 イザヤールは慣れない地域にも多数走り回ったこともあり、ルインより精神的な疲れがかさんでいるようだった。顔にははっきりと疲労と、羞恥のようなものがにじんでいる。 アギロやサンディの協力のもと、カマエルのがんばりもあってルインの計画は成功した。 光の石やあまつゆのいと、にじいろのぬのきれこおりのけっしょう、天使のソーマ。 もはやどれをどの分量で入れたか覚えていないがわりと適当な合成でうまく即席の「星の雪」が出来上がった。もちろん人間には無害なように配慮した。 「そんなにはしてないよ。ただ今日、バレンタインだから」 「バレンタインだから、か…」 人間の世界にはお祭り騒ぎが年に何度もある。まさかそのたびにこんな、大がかりに手の込んだことを…イザヤールは先行きに不穏な空気を感じたが。 「我が師が初めて迎えた、イベントだから」 ルインの変わらない口調に顔を上げる。 座り込んだ弟子は、師と目があってかすかに微笑んだ。 「イザヤールにも、みんなにも喜んで貰いたかったんだ」 ボクも浮かれてたんだけど。一言付け加えて、ルインはごそごそと練金で散らかしまくった道具袋の整理をはじめる。 「お嬢様、わたくしお嬢様のお役に立てたでしょうかっ」 というカマエル(久々の宿からの出張)に、もちろんありがとうと釜を撫でる。 あとでちゃんと綺麗にお手入れしてあげよう。 「そうか…」 イザヤールはしばし言葉を失っていたが、人間とは自由なものだなと思う。 ルインはこれだけのことをしてひとを喜ばせようとする。これだけのことが出来る。 こんなにも、人間と関わっていけるのだ。 「ではこれは、私へのバレンタインプレゼントか?」 ふいに、イザヤールは思いついたことをつぶやいた。他意はなかった。 そのさりげなさにルインの反応はわずかに遅れたほどだ。 「イザヤール、うれしい?」 目をまたたき首を傾げて少女が問う。 イザヤールは自然、笑みを浮かべてルインの頭を撫でた。 「ああ、ありがとう」 ルインも幸福そうに目を閉じる。 イザヤールはルインの成長と心の深さがうれしかったし、 ルインは人々の笑顔とイザヤールの笑顔がうれしかった。
師弟が天使の服のまま、にこにこほのぼのとしていると、すこしは気を利かせていたサンディがしびれを切らして飛んできた。 「っていうかルインさー、アンタバレンタインだよ?お師匠じゃなくて本命の男とかいないの?アタシちょっと心配になってきたよ…」 「ん?」 「……ッ」 穏やかだったイザヤールの眉がぴくりと動く。それは注意してみなければわからないほどの変化だったが。 「天使やめちゃって人間なんだから、青春は短いのよ!」 「ふふ。サンディお姉さんぽいな」 「笑ってる場合じゃないってーの!アタシはアンタのそう言う話楽しみに待ってんのに!のほほんと男友達と遊んでばっかー!」 平然と応えるルインの様子に、イザヤールは無意識に胸をなで下ろす。 そうだな、ルインはまだ人間としても若い。そんなに急いで異性と交友関係を深める事など…。 「好きなひととはいつでも会えるからいいんだ」 「………!!!」 その瞬間、箱船の中(アギロ含む)の空気が凍り付いた。
人間は、びっくりするほど速い速度で成長していく(イザヤール談)
ハッピーバレンタイン!
師匠と一緒にバレンタイン。 ルインの恋のお話は、まあいずれw
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