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僕は商品。 値札が付いていないだけで。 「いいか、今からとっても大事な人のところへご挨拶に行くから、良い子にしているんだぞ」 脂肪を蓄えた短い指が、肩を押さえて力を込める。 彼は金の亡者だったが、煌びやかな装飾で相手の反感を買うほどおろかではなく、填められているのはぎんいろのシンプルなリングがひとつだけだ。 「そちらには、お前より年下の、お嬢さんがいらっしゃるから」 細い眼を三日月型に歪めて笑う、声だけが優しい。 「身体も弱く、女の子なのだから、優しくしてあげなさい。そして、いいか?しっかりと仲良くなってくるんだよ」 「父親」の言葉に、「子供」は内心あきれ果てながらも反抗が面倒で頷く。 商人であるのだから、稼ぐことに意欲的なのは当然であり売り込み行為も恥ずべき事でもないだろう。 けれど、男を見ながら子供は思う。 (いやしい) そんな環境で育つからこそ、子供はそんな言葉にも精通していた。 今からおとなうのは、サンマロウで一番大きな資産を持つ商人の屋敷。 人口も少なくこれといった産業もなかったこの地を、たぐいまれなる商才でもり立て今に至る街に作り上げた、サンマロウの王様といってひとしい大人物である。 商人夫妻には一人娘がおり、身体の弱さから一歩も屋敷から出られない生活を送り友人のひとりも作る機会がないという。 (年の近い息子を、病弱な娘のお気に入りに出来ればもうけもの、か) いかにも彼の考えそうなことだ。 そう、あのひとは狡猾で貪欲な商人だ。 どれだけ金を溜め込んでも飽きたらず、持たざるものからも搾り取るだけ搾り取る。 恥を知らないそのおこないを、息子はいつも醒めた目で見ていた。 (使えるものはなんでも使う。そこに異論はないけど) 僕だって、あの人からしたら商品だ。 値札が付いていないだけ。金になりそうだから、使われるのだ。
「まあ、嬉しいです。マキナお嬢様のお話相手に?」 「ええ。お嬢様のお加減がよろしければ。といっても、ぼくに面白いお話が出来たらいいのですが」 屋敷の主人と話している父親と離れ、執事に案内された令嬢の部屋の前では、乳母に感激された。 自己紹介もしたのに、なんの警戒もなく歓迎される。 門をくぐったときから思ったことだが、同じ商人の家でも自宅とはまるで違う、建物も使用人も鷹揚なあたたかさが感じられた。 悪く言えば、単純そうな。本当に一代で財を築いた家だろうか? まあ、警戒が薄いのは結構なことである。今日は調子がよいので、きっと大丈夫ですよという乳母の言葉で、彼は室内に通された。 マキナは、病床生活を思わせない梳られた金髪と、リボンとフリルのふんだんにあしらわれた青いドレスを纏った少女だった。 現れた見知らぬ少年に、少しだけ大きな目を瞠り、緊張する様子を見せている。 「ばあや、どなた?」 小さな唇から、鈴を転がすような声が出る。肌は抜けるように白い。 少年は、少しだけ動揺していた。 というのも、こんなに見るからに弱そうな人物を見たことがなかったからで、 そして、純真無垢と呼ぶに相応しい眼差しを、真っ向から向けられて。 「お父様のお客様の、ご子息ですよ。マキナお嬢様。お父様達が話されている間、お嬢様とお話くださると言って訪ねてくださったんです」 「まあ」 マキナは、驚きに大きな瞳をさらに大きく見開いて、改めて少年をじっと見上げてくる。 ぼうっと突っ立っていた少年は、我に返って礼を取った。 あのひとの意に添うのは気が進まないが、特に逆らう理由もない。権限もない。 「はじめまして、マキナお嬢様」 「はじめまして、ごきげんよう。私、マキナって言います」 「ぼくは、オマールと言います」
最初はぎこちなかったマキナだが、父について色々な場所へ商いに向かった話をきいていると、だんだんと表情も綻んで、頬を紅潮させて笑うようになった。 乳母はその様子に安堵の息をつき、お茶の用意をして参りますといったん席を外す。 「私、本当にこの屋敷から出たことが無くって。本では色々と見るのですが、オマールくんが羨ましいです」 「今度お伺いすることがあれば、お土産を持ってきます」 その言葉にマキナは嬉しそうに微笑む。 ひとつひとつの仕草、眼差しに、オマールは胸の奥がむず痒いような気持ちになった。 僕とはちがうから。 無菌状態って、こういうのを言うのかな。 それをあえて、自分のようなもので汚したいとは思わなかったので、彼はいつも通りながら淡々とした、良く言えば愛嬌があり笑っているように見えるが、感情の伺いにくい顔立ちで、できるだけ柔らかく伝わるよう言葉を発していた。 「何か、お好きなものはありますか?」 「…ええと、子供っぽいと、お笑いにならないでね。私、お人形が好きなんです」 なるほど部屋を見れば、彼女の女の子らしい部屋にはそこかしこにぬいぐるみやからくり人形が座っていた。 ふいに、どきりと胸が騒いだ。 「よかったら、私とお人形遊びをしませんか?」 おそるおそる、伺うよう、ソファの上に一緒に座っていたドレスを着た女の子の人形を手にとって、マキナが尋ねる。 オマールは、自分でも制御の効かない感情が、とたんせり上がるのを感じて席を立った。 マキナがびくりと身体を強ばらせる。 「…人形なんか嫌いだ。ごめんなさい、失礼します」 それでも詫びが漏れたのは、大切な取引相手の令嬢だからというよりも、罪悪感からだった。 「え、えっと。ごめんなさい、けほっ、けほんっ」 背後で咳を繰り返す苦しげな息がきこえる。振り返らずに退室すると、入れ違いにトレイを抱えた乳母がやってくる。 「マキナお嬢様!」 あああの人にこっぴどく叱られる。 それだけが今は憂鬱の種だった。
うんざりするような説教と懲罰を与えられた翌日、彼は父親に褒めちぎられていた。 「ああ、さすが私の息子だ!えらいぞ、マキナお嬢様がな、お前に謝りたいと、もう一度会いたいと仰ってくださっているんだよ!」 夜を越えただけで態度を豹変させる父親も不気味だが、そもそも言い分がちっとも理解できなかった。 とりあえず逆らえるわけもなく、盛大に念を押されて正直億劫になりながら、再び屋敷へと赴いた。 昨日と同じようにソファに座っていたマキナは、現れた彼の姿を見るとしょんぼりした肩をぱっと、奮い立たせるように起こして。 「ごめんなさい、ごめんなさい、私。きっと失礼なことをしてしまったんですね。オマールくんは男の子だもの。お人形遊びなんて嫌ですね」 開口一番、必死な様子で見当違いの謝罪をされる。 謝るのは僕の方だ。相手の病状も考えずに勝手なことを言いはなって帰ったのだから。 「でも私…かけっこやボール遊びが出来ないから、他のことではいけませんか?ボードゲームはお嫌い?」 (ああ、そうか。友達が一人もいないと言っていた) もしかしたら得られるかも知れない友人という年の近い人間に、彼女の方がしがみつこうとしているのだろう。 「…ぼくこそ、ごめんなさい。お加減はいかがですか?」 頭を下げて、マキナがほっとした表情を浮かべるのを見て向かいのソファに腰を下ろす。 「ボードゲームはそれなりに自信があります」 言って笑顔を作ると、マキナはぱあっと、花が咲いたような笑顔を浮かべる。 それから彼は三度、屋敷に招かれてマキナの相手を務めた。 罪悪感は拭いきれないが、それでもつとめるという言葉は相応しくなく、大人の欲望や策謀に日々嫌気の差していた彼には、マキナの相手は心が洗われる気もした。 素直で心やさしく、幼いなりに聡明な少女。本来ならおそれおおいが子供同士だったこともあり、可愛い妹のように思うようにもなってきた。 (あんまり情を移したらいけないな) と自制も掛けているつもりだが、うまくいかない。三日目のお茶時、マキナお気に入りのお人形を紹介されていた彼はふと、こう呟いてしまった。 「ぼくも、お人形みたいなものです。父の、体のいいお人形。だから、嫌いだ」 同じものを見ているよう。手足すら、人につままれないと動かせない綿と布地、糸でつなぎ合わせた人形のよう。 マキナは、幼い顔立ちに一杯の困惑を浮かべ、それでも彼の苦悩を察したのかいっしょうけんめい考えてくれたようだった。 「マキナも、同じように思ったことがあります」 やがて、小さく呟いた。 「でも、こうやってお喋りできる、私は人間です。オマールくんも」 小さな手が、そっと伸びてオマールのけして形が良いとは言えない手を握りしめた。 熱が伝わる。 「それにねオマールくん。お人形は何も言わないけど、私の大事なお友達です。どうか、嫌わないでください」 「……わかったよ」 自分自身を人形として甘んじていたのは自分自身だ。 いつか、そう、人形ではなく人間として、この少女にもっと誇れる自分として対峙したいと思う。 そんなふうに、はじめて思った。この、人形だらけの部屋で。 大事にされ、愛されていると思われる、手入れの行き届いた人形だらけ。 なんだ、僕は君たちにすら劣った気がしていたわけか。 「…マキナ、またきっと会いに来るよ」 「はいっ。オマールくんにまた会えるの、楽しみにしています」 敬語を解いて、名前を呼び捨てても、マキナは驚かず嬉しそうに笑う。 ほんのり頬が上気していて赤く見える。今日は長く滞在しすぎて無理をさせたろうかと、そろそろいとまを告げようと思う。 「…オマールくん、あの」 「…なに?」 席を立って去り際、ソファに座ったままのマキナに声を掛けられる(彼女は滅多に立ち上がることもない)。 「ううん、何でもありません。お気をつけて」 「うん、じゃあ」
翌日、サンマロウを離れる父親について街を出た彼は、その数ヶ月後マキナの両親が相次いで亡くなったことを知った。 父は取引相手が減った、位にしか思わなかったかも知れないが。 彼の胸には重いものが渦巻いており、どうにか会いに行きたかったが子供の身で遠い街までは行く手だてがなかった。 そして一年後に彼の父が亡くなり、彼は家業を兄弟に譲ると言って家を出た。 母は止めない。けれど必ず帰ってきてといわれる。 実家はサンマロウのはずれにあるが、あれから一度もマキナを訪ねなかった。 病状は回復せずますますベッドから離れられない彼女に、外来のものなど近づけるはずはない。今は使用人達とひっそりと暮らしているという話をきく。 人形ではない、人間になれたかは解らない。幼く優しい時間だけが、ほんの少し胸を苛む。 そして、旅に出た。
父は、オマールを庇って魔物の大群に襲われて死亡していた。
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