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・・・・ん・・・ぃさん・・・
夢を見る。おぼろの意識の狭間で。 それが夢か、混濁する思考の中で見た幻のそれかは定かではない。 けれど聴く。耳に届く、彼を呼ぶ声。
いさん・・・・にいさん・・・
懐かしく呼ぶ声。彼の呼称。それを呼ぶのは今も昔もたったひとり。 少女の声。よく知るはずなのに記憶に遠い。 けれど確かに、彼の知る少女の声。
ぼんやりと薄暗い中、ほの白く光るように姿が見えた。10年前と変わることのない、少女。 薄金髪の長い髪。薄赤の大きな瞳で、まっすぐに見上げてくる、身長差の激しい自分の顔を。 胸を反らして。 表情は真摯に、両親にも明かせない打ち明け話をするかのようにまっすぐな瞳を向けて。
「兄さん、ありがとう」
唇が、微笑みにかたどられて。 記憶のままの少女の姿で彼女は告げる。ただ真摯な、感謝。瞳だけはほんの少し、悲しそうに。
「あたしを、あたしたちを、忘れないでいてくれてありがとう。兄さんはずっと、想っていてくれたわ。ありがとう」
彼は知っている。優しい少女。自然に他人をいとえる、慈しむ少女。 彼女ならそうするだろう。許す言葉。許そうとする言葉。
「・・・やめろ、そんな言葉、聴きたかねえ」
「聴いて、兄さん。どうかあたしの声を聴いて。たいせつな兄さん、優しい兄さん」
一生懸命にすがる声。もっと小さい頃、彼の足下にまとわりついてねだった頃とは違う、そう、彼女は姉でもあるから。 母親を思い出す。よく、似ていた。 言い聞かすやさしい声色、彼らの母親。
「誰もあなたを責めないわ。誰も、恨んだりしていないの、兄さん、だからもう自分を傷つけるのはやめて」 「許せるはずがねえだろう」 「許してあげて。大丈夫、こわくなんて無いの。あたしもみんなも、きっとしあわせなのだわ」 ――――しあわせ、しあわせか。ほんとうに? 「ええ、だって、助けてもらったのだもの」 ふわりと微笑む、ずいぶんと大人びた少女の表情。そこに偽りはどこにもなくて、なぜか花の名を持つ娘を思い出す。 そんな表情は見たことがない、顔立ちも、少しも似たところはないのに。 「ひとりではないのだもの。きっと大丈夫。兄さんも、大丈夫よ。どうか、諦めないで、手を、伸ばして、離さないでいてね」 ――――誰の。
「しあわせになってね。ルアハを抱きしめてあげて、けしてひとりにしないでね、あたしのたいせつな友達。ずっと一緒にいてね」 わずかに少女の纏う光が増す。白い。 ルアハ。名前。彼を飽きもせず見つめ続ける少女。 お互いひどい状態で別れた。自分が殺すまでは側に居続けると言った、少女。 「兄さん、約束よ。破るとキーア、許さないんだから」 眉を少しつり上げて、きゅっと唇を引き結んで、ちっとも迫力のない視線で見つめられる。 「誰よりも寂しがりの、ルアハ。きれいな女の子。きっと護ってね。泣かせたりしては駄目よ」 いつの間にこんなに口うるさくなったのか、憮然とするしかなかった表情が、わずかに脱力して、歪んだように。 笑みの形を、かたどって。 「ああ、わかったよ、キーア」 「ええ、うん。よろしい」 にっこりと、満面の笑顔。
すぐに、光でいっぱいになって、少女の面影が遠ざかっていく。なにかまだ言っているのだろうけど、声は遠くなる。 聞こえない。慌てたような少女が、手で輪を作り口に添える。言い忘れていたというように、急いで、たいせつな言葉。 「だいすきよ、兄さん」
「・・・ああ」 一言だけ、答えて、ケルカンはそっとまぶたを伏せた。 ケルカンのたったひとりの妹、キーア。 別れの言葉、十年前。それは死を願う言葉だった。 それからの十年間、ケルカンは想いを貫き続けた。息をするように殺し続けた。 救いは要らない。誰も彼も、人はみな死ぬべきだ。 自分さえも。許されるわけには、いかないのだから。 しかしキーアは、言うのだ。柔らかな光の中で、約束よ、と。 (・・・約束か) 許せはしない。けして許すわけにはいかない。 けれどケルカンはわずかに思うのだ、崩れゆくインガノック。忍び寄る死の実感に息をついていたとき。 現れた少女は言った。いつも通りの動かない表情の中、どこか必死さを漂わせて。 「アナタの死に、ワタシは耐えることが出来ません」 そうか、そうか。そう言うことか。 それもまた、諦めないと言うことなのかも知れない。
目を開くと、眼球を刺す痛みがあった。本物の光。 「ケルカン」 すぐに抑揚に乏しい声が耳に届いた。どこもかしこも冗談のように軋むからだ。 ひどく全身を損壊させていたことをすぐに思い出し、舌打ちしそうになる。けれど、 「ケルカン、動かないでください。アナタの衰弱状態は深刻でいまだ安定してはいません」 たんたんと告げる声。言われずとも動かそうにも動かせるところなどどこにも。今にも死にそうに痛み、苦しい。 キーアもこんな風だったのかも知れない。妹は、自分よりずっと幼く華奢だったのに、こんな痛みの中。これよりもひどい痛みの中。 (生きたいと、願ったのかよ、キーア) 一度、まぶたを閉じて、開く。視界は利く。眼球だけを動かして、側にたたずむらしい姿を捜した。 ルアハは立っていた。ケルカンをのぞき込むようにしてすぐそばに。 見た限りどこも傷ついてはいないが、彼女もひどい無茶をした。動力源を大量消費して、死の淵を漂っただろう。 命の恩人、という奴か、思い当たって苦笑する。恩人なものか、彼女はケルカンの望む死を与えてはくれなかった。 「ルアハ、」 「はい」 声は出た。返事があった。彼女の名前。 死にそびれたのだな、という実感がようやく湧いた。 ルアハ、と呟くと、生き延びたのだな、とも思う。自分でも滑稽なことに。 「どうやらお互い、死にそびれたな」 「いいえ、はい。運がよかったのでしょう」 後遺症は残るだろう。瓦礫と化した、都市と同じ。以前と同じとはいかない。それでも。 「ルアハ、」 「はい」 名前を呼び、枕元にたたずむ姿を見る。今もなお自分を見つめ続ける少女の、硝子製の両目を見返す。 揺るがない人工皮膚の頬が、わずかに震えたように見える。そう、少女に表情はある。感情はある。 こうして見返すだけで、あっさりと揺れる、それはケルカンには手に取るようにわかる。 ひとりではないことを実感している。 この手が動くのならば、ルアハの頬にふれたいと、ケルカンは確かにそう思った。 「見ないで、ください」 少しだけためらうような、合成音声。 ケルカンの視線に、たじろぐようなことが、ルアハにはよくある。はじめて出会ったときからそうだ。 身動きも出来ないから。ルアハはさらに、困ったような顔をする。 「アナタ、に、見られるのは、疑問です、ケルカン。なぜワタシを、見るのですか」 「他に見るものがねえんだよ」 単純な答えを紡ぐとさらに、うつむくように、困ったように。 やがて。 「ケルカン、疑問です。アナタに見られると、ワタシは、いつも、おかしい」 各機関が正常に保てない。故障しそうになる。これは、そう、人間のよう。 感情の軋み。10%だけ残るルアハの人間の生体反応。 ケルカンは思わず苦笑する。そう呟く少女の、顔色なんて無い白い膚が、どこか色づいてさえ見える。 どこから見ても人形の彼女は、その実どこから見ても人間だ。 人間の、娘だ。どうしようもない男を見ていたいと見つめ続ける、希有な女だった。 動かせないはずの腕を、痛みを押し殺して動かす、伸ばす。身体の横に垂らされたルアハの手に、ふれる。 「・・・・・・!」 もう少し自由が利くようになったら、頭を撫でてやろう、頬にふれたい、抱きしめたい。 何だか自然と沸き上がる、それは明日への希望のようなものだ。 「ルアハ、そこにいろ」 「はい。命令を受諾しました。ワタシはここにいます、ケルカン」 まぶたを閉じる。ルアハの弾力のない指を握りしめたまま。
キーアの願いは、きっと叶う。
(2008.12.23)
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