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花の香りに包まれた港町サンマロウは、物々しい雰囲気と喧噪に包まれていた。 街一番のお屋敷に住む、お嬢様マキナが誘拐されたのだ。 「ほら、マキナお嬢様の匂いをたどって探すんだ!」 犬飼の男は自分の犬たちに誘拐犯の足がかりを探させようとし、 「ああ、俺の貯金じゃ足らない…もっとへそくりをためておけば…」 「お友達」の男は家中の財産をひっくり返し、 「マキナお嬢様…どうかご無事で…」 解雇を言い渡された使用人一同は皆、マキナの無事を天に祈るしかない。 なかには、彼女の資産に対するねたみややっかみからだろうか。 狂言誘拐ではないか、自業自得じゃないか、などと、冷たい態度を見せる町民もいた。 けれどみんな、マキナのことを口にしていた。
「……私の言葉を守るためマウリヤは誰にも気付かれぬよう墓をつくりマキナになりました」 そして、ひとりきり、屋敷の中庭を訪れたルインの前に「本物のマキナ」がいた。 透き通った身体はとくべつな目を持つルインとサンディにしか映らない。 マキナはもともとおとなしそうな顔立ちを、さらに悲しそうにうつむかせる。 「天使さま。町の人々を騒がせた罪は私ひとりのもの。マウリヤを、どうか責めないで…」 その姿は、次第に悲しみに耐えられなくなったように、薄れて消えていく。 「どうか天使さま…マウリヤを…私の大好きなお人形……大切なお友だちを…助けて…・」 声だけが残響となり、日ざしだけはうららかに中庭に満ちる。 無言で立ちつくしたままのルインにしびれを切らし、サンディは自分を納得させるように口を開いた。 「えーと、女神の果実のチカラで人形がヘンテコお嬢様になってた…ってコト!?」 「そうみたいだね」 返事が返ってきたので、サンディはほっとしたように表情を明るいものに変えた。 「あんだけ頼み込まれちゃーほっとくわけにはいかないよね。ねっ。天使のルインさま!」 「そうだね」 茶化すように言われ、ルインもかすかに笑みを返す。 「罪なんて無い」 ルインは中庭を出る間際に、墓石に向けて言葉を呟いた。 「なんか言った?」 「なんにも。マウリヤを迎えに行こう」 屋敷を出ると、珍しく息を切らしたガトゥーザが全速力で駆け寄ってきた。 「チビ!てめー、この!どこにいやがった!」 「お屋敷」 すぐにあとを追って、キオリリも駆けつけてくる。こちらはさすがに戦士だけあって、ガトゥーザほど疲労を感じさせない顔だった。しかしその表情は同じく硬い。 「よかった。ルインまでいなくなったかと思っちゃったよ」 「オマールのやつがどこにもいない。行き先に心当たりは?」 ルインは間を置かず頷いた。 「うし、行くぞ」 余計な説明も会話も求めず、真っ先にガトゥーザは整えておいた旅支度を担ぎ直し槍を背負う。 「うん、急がないと心配だよ。オマール弱いし」 「っていうか良くひとりで行くな魔法使いが!」 ぶちぶちと文句を垂れながら、きっといきさつは走りながら話すことになるのに違いない。 と言っても、オマールの単独行動の事情をルインは知らないのだが。 (知り合いだと言っていた) (マウリヤの顔を見て、ずっと強ばった感じだった) 心配で、居ても立ってもいられなくなった。そんな、理由。 いつものオマールからはとても考えられないのだが、たぶん、そんなに遠からずであると思う。 訊かれたら、とりあえずそんな感じに説明しておこう。ルインは決めた。 ルインだってマウリヤが心配なのだ。マキナの愁い顔が頭にちらついて、彼女の望みを叶えてあげたくてたまらない。 ああ、うん、急いでいるけれど。でもね。 前をゆく、見慣れた、頼もしいふたりの背中を追いかけて。 「探してもらえるって、うれしいね」 「へっっ」 「あはは。心配したんだから」 笑われた。 それが心地よくて、ルインも一秒だけにっこりした。
サンマロウの北に、苔の茂る湿った洞窟がある。 もともと天然にあったものと思われるが、立ち寄る人は滅多になく、今ではならず者がアジトとして隠れ住んでいたりもする。 マウリヤを誘拐したごろつきと言っていい、このふたり組もそうだ。 街になじめず定職に就けず、家財道具を持ち込んでそれなりに快適な住まいを作り上げた。魔物のたむろする洞窟内なので、むろん心からくつろげる夜もないのだが。 そして、今、豪邸に住まう一人娘を誘拐し、その親から身代金をたんまりと頂く、という古典的かつ堅実な取引を行おうとして、そして、そして。 お嬢様を捕らえていたはずの牢屋。簡素なつくりだが確かに鉄の格子。が。 ひしゃげてねじ曲がり、大きな隙間となっていた。 「やべえアニキ!お嬢さんが逃げちまった!」 「なんてこった!そいつあまじっいてえ!」 血相を変えて飛び上がる誘拐犯ふたり組に、ガトゥーザは容赦なく槍の柄で脇腹をどすりと突いた。 「このタコ!スットコドッコイ!お嬢ちゃんは逃がすわピンクのくるん頭は見てないわ、それでもやる気あんのか!」 「す、済みませんー!」 「いっ、今すぐ探します、アニキー!」 「誰がアニキだ、俺のがどう見ても年下じゃねーか!」 どう見ても使えない手下に説教をしているチンピラの兄貴分だが、ガトゥーザの苛立ちは本物である。 「それにしてもスットコドッコイは年齢詐称を疑われてもしょうがないよ、ガトゥーザ」 「やかましい」 誘拐犯と差別なく槍でルインの頭をごつんと突く。 オマールも確かにここに来ていると思われるのだが、誘拐犯ふたりはガトゥーザ達が来るまで誰の姿も見ていないという。 「ますます心配だわ。せめてマウリヤ…とオマールが一緒だと良いんだけど」 天使界とか諸々の話は話していないのだが、今回も金色の果実が原因で起こったふしぎな騒動だと、ルインはふたりに話していた。 「ったく、どいつもこいつも自分勝手な奴らだ。おしっ、洞窟の奥まで行くぞ!」 「うん、行こう。マウリヤに傷ひとつでも付いてたらと思うと、ボク居ても立ってもいられない」 「ルイン、マウリヤのおかあさんみたいよ」 一刻をも争う事態でも、心和むやりとり(?)を交わし、三人は先を急ぐ。 誘拐犯も、こそこそと付いてきているのは察したが、とりあえず無視して進む。 強力な闇の呪文、ドルマを駆使して襲い来るメーダロードをはじめ見慣れない強力な魔物に道を阻まれながらも奥へと進み、やがて腐敗臭の漂う人工の造形を残す拓けた間に辿り着いた。 「あっ」 キオリリが思わず声を上げる。視線の先には願ったとおり、オマールとマキナ、いやマウリヤの二人揃った姿があった。 良かった、無事だった、と息をつこうとする間もなく、二人の目の前に巨大な蜘蛛の魔物が姿を見せる。 オマールは警戒し杖を構えるが、マウリヤはそれに構わず、興味津々といった様子で蜘蛛に近づいていってしまう。 「危ねえ!!」 ガトゥーザが叫んで駆け出す。そこで気がついた。彼の隣に経っていたはずの、ルインの姿は。 遙か前方にあった。 「ズオオオオオ!!」 空気を震わす咆哮を上げ、振り上げられた足がマウリヤの頭上に迫る。猛烈な勢いで駆け込んできたルインが、両手を伸ばして少女を抱いて横に飛んだ。 ずっさああと派手な音を立てながら、地面に転がる。蜘蛛の足は地面を深々と穿つのみ。 「ルイン!?」 文字通り降って湧いたようなルインの出現に、さすがのオマールも驚いたようだ。 「チビ!無事かっっ」 「うんっ。マウリヤに怪我無い!」 がばっと顔を上げたルインは、擦り傷だらけの満足そうな顔で頷いた。 ガトゥーザは一瞬憮然としたが、さすがに解ってきているもので、良し、と頷き返す。 オマールはやはり呆れてものが言えない。けれど正直に感心してしまう。 「あなたも、おさんぽ?わたし、オマールくんとおさんぽしてたのよ」 状況が解っていないのか、ルインと一緒に地面に転がったままマウリヤは小首を傾げる。 「そっか。邪魔しちゃってごめん。怪我しないように、後ろの方に下がっていて」 「なあに?」 ぽんぽんと、土埃に汚れてしまったマウリヤのドレスを軽くはたいてやって、ルインは彼女を背に庇うよう、再び異形に目を向ける。 「ズオオオオオオ!!!」 獰猛そうに、歯をぎちぎち鳴らし、波状に広がる足を蠢かせ、蜘蛛の魔物は確かに敵意を見せていた。 「おし、ちゃっちゃと片付けるぜ、おい、キオ!??」 いつまで経っても寄ってこないキオリリにガトゥーザは入り口の彼女に呼びかける、が。 「むりむりむりむり絶対嫌…!くも、だいっっきらいなの…!」 いつもの勇ましいキオリリとは打って変わったか細い声で、全力の拒絶がかえってきた。 入り口で彼女は全身をふるわせ、遠距離法的な視覚効果もあるのだろうが、心なしか本当に小さくなっているようだった。 幼なじみなのに知らなかった…いや、そういえばそうだった気もしたがすっかり忘れていたガトゥーザは脱力の溜息をつく。 「じゃあしょうがねえ!三人で片を付けるぞ!」 「うん!」 「……」 とりあえずそばに寄ってきたルインの顔の汚れをごっしごし手のひらで拭う。無言で。 「しょっちがてゅーざあにするら」 「うるせえ嫁入り前の娘が顔をいつまでも汚すなホイミホイミ」 ものすごく適当な感じで治癒される。ルインはそんな扱いが、最近まんざらではないので無意識ににやけてしまう。 「ありがとう」 「おうよ。礼はキングメロンパン10個で良いぞ」 帰ったらメロンパン好きによるメロンパン好きのための厳選メロンパンを贈るよ!と決意して、ルインも武器を構えた。 「ズオオオ」「イオ」 すべての流れをぶった切って、短い呟きで戦端は開かれた。 オマールは杖を構えひどく集中しているようだった。魔力の高まりが目に見えるようだ。 「イオ」 「イオ」 「イオ」 ひたすらイオを繰り返し、巨大雲が怒りの矛先を向けようが、毒の粘膜を放とうと口を開こうがお構いなしに、その行動を先行してつぶすかのよう、閃光が何度も弾ける。 オマールがやる気になっているのを幸いとルインは補助と攻撃を、同じくガトゥーザは回復と攻撃を分担して彼のサポートに徹した。 もはや、オマールの魔力が尽きるのが先か魔物の体力が尽きるのが先か。 「イオ」 蜘蛛の足が一本はじけ飛ぶ。 「イオ」 身の一部がただれて焦げた匂いが広がる。 やがて蜘蛛はすべての足を地に着き、文字通りの虫の息となった。 オマールは詠唱をやめ、はいつくばる魔物に近づいていく。相変わらず、表情は読めない。細めた眼の奥で、彼は魔物をどう見ているのだろう。 右手の杖を振り上げる。そこに慈悲などはなく、汚らしいごみを視界から抹消するかのように、淡々と。 「死ね」 脳髄を、たたきつぶそうと。 「オマールくん、あぶないっ」 小さな、ほんの軽いからだがオマールを突き飛ばす。 それでも彼は数歩よろめいてしまい、代わりに前に出た少女が最後の反撃にと放たれた一撃を受け、ぱったりと。 本当に音もしない軽さで、地面に倒れてしまった。 「マ…!」 オマールは何か、信じがたいものを見るかのよう、顔色を変えた。 そしてそれは一瞬にして憎悪にすり替わる。いまだ足下に横たわる蜘蛛の異形を手の杖では無くその足で踏みつぶす。 「…ッ!くそっ」 三度、四度、五度、踏みつぶし、とっくに息絶えている亡骸を忌々しく睨み付け舌を打つ。 すぐに倒れたマウリヤに目をやると、すでにルインが駆け寄って抱き上げていた。 「ああ、びっくりした…オマールくん、へいき?」 「……呆れた。君も自分より人のことなの」 庇った相手にきつい口調で何を言われたのか解らなかったのか、マウリヤはやはり首を傾げる。 「わからないわ。わたし。からだがかってに動いちゃった…だってオマールくんは、お友だち…」 「決めつけて怪我するのは勝手としても迷惑だよ」 「めい…わく?わたし…やっぱりいらないの…?街のみんなも…ほんとのお友だちじゃない…うまく、できないの。わたしはただ、マキナのためにお友だちをいっぱい…」 「マウリヤ…」 怪物におそれをなして逃げ出した誘拐犯もおらず、しんとした空気が漂う。ガトゥーザは、先に行ってるぜと気を遣い、キオリリの待つ入り口の方へと向かっていった。 「あなたは…私の大切なお友だち…」 ふと、ルインが顔を上げる。毒の沼さえ湧くこの浮上の地下に、清らかな風が吹くような気配さえあった。 「私の、大好きなお友達よ、マウリヤ」 ルインとマウリヤの目の前に、マキナが立っていた。 マウリヤは先ほどまでの気鬱など飛んでいったしまったかのように、ぱっと表情を明るくさせて飛び上がった。 「おかえりなさい!どこへ行っていたの?今日は何をしてあそびましょう!」 ずっと会えなかった。お話も出来なかった大好きなお友達に会えて、嬉しくて仕方がないのだ。 人形のマウリヤは、その命も死も、良く理解できないのだろう。 「ごめんなさい。もう、遊べないのよ。もう、二度と遊べないの…」 「…わたしのこと、きらい?きらいになったから、あそべないの?」 悲しそうに、マキナは告げ、悲しそうに、マウリヤも首を傾げる。 「ねえ、さっきから何言ってるの?」 「…すこしだけ、黙って」 オマールはマキナの姿も見えないし声も聞こえない。ルインはほんの少し、申し訳なさを表情に出してオマールに告げる。 彼は憮然としたまま、一応は了承してくれた。 そのオマールの声に、反応するよう、マキナはじっと、彼の姿を見つめる。 やがて視線をマウリヤへと戻し、 「あなたを私は…ひとりぼっちにしてしまった…私を幸せにしてくれた、あなたを」 「ええ!わたしもあなたといっしょなら、いつでも幸せ!」 それが最大であり、最上であると。そう語るように、誇らしげにマウリヤは笑顔で宣言する。 マキナは悲しそうにけれど微笑んで。 「天使さま。私、間違っていたのでしょうか…私はこの子に、私には出来ない幸せや自由をあげたかった…」 「マウリヤは、マキナのことが大好きだよ」 端から聞いていると、まるで見当違いの答えを、ルインは返しただろう。けれどマキナは小さく微笑んで頷く。 問いかけの言葉でなくても、その言葉はマキナにとって嬉しかった。 自分と同じ、姿形をした少女。大好きなお人形と、じっと視線を交わす。 「私はマキナ。あなたはマウリヤ。私は天使さまと一緒に、遠い国へ旅立ちます。だからあなたも…にせもののマキナじゃなくて、お人形のマウリヤに戻って…」 「マキナ?」 今でさえ半透明のマキナの身体が、光を放つ。淡い光は粒子となって、空へとのぼっていく。
天使さま、私の願いを聞いてくれて、マウリヤを助けてくれて、ありがとう…
……マウリヤ…大好きなお友だち…ありがとう… どうか幸せに…
そして、マキナの最後の眼差しは、すっかり大人びた、久しぶりに見た、けれど忘れたことなど無かった、
………オマールくん
光は消えた。 「……マキナ」 そして、ルインがいくら空を探しても、少女の声が響くことはなくなった。 「…マキナは遠い国へ旅立つ。わたしはお人形のマウリヤに戻る」 たったいま起こった出来事さえ、正確には把握できていないのだろう、マウリヤはただ告げられた言葉を反芻している。 「人形に戻るの?」 「ええ。だってマキナと約束したんだもの。でもその前に、マキナは旅に出るって、みんなに教えてあげなくちゃ」 素直に頷いて、立ち上がろうとするのをルインは手を差し伸べて助けてあげた。 「…あなたに船をあげるわ。欲しいものはみんなあげる」 ふと、思い出したようにマウリヤは、ルインの目を見つめてそう告げる。 無意識に、どうしてそうしたのか自分でも解らない。ルインはマウリヤの小さな身体をぎゅっと抱きしめていた。 「なんにも要らないんだよ、マウリヤ。あなたがしあわせならいい」 「マキナみたいなことを言うのね?そうね。おともだちだものね?わたしもあなたが幸せなら幸せよ」 ルインから離れたマウリヤは、そっと、自分の胸に手で触れてみた。 今までにはない、不思議な感じがしていた。胸の奥がふわふわとするような。この中には何も詰まっていないはずなのに? お友だちがわかった気がするわ。マキナ。お友だちってすてきね?ええもちろん、あなたは大好きなお友だちよ。 「ねえ」 「なあに?」 振り向くと、オマールがすぐそばに来ていた。マウリヤを見る眼差しは、心なしかずっと硬い。 「死ぬの」 マウリヤは心底、ふしぎそうに首を傾げる。 「お人形に戻るの。お人形のマウリヤに」 もうにせもののマキナじゃないから、オマールくんも喜んでくれる、そう思ったのだが。 「命を捨てるなら死ぬのと同じだよ」 「そうなの?」 「そうだよ。で、友達を置いて死ぬやつなんか、友達とは認めない」 きっぱりと言い捨てられて、マウリヤはふいに、さっきまでふわふわしていた胸がキン、と痛むような気がした。 針が入ったかのよう。胸の中で針が暴れる。 「…マキナがきらい?」 オマールが何を言っているのかよくわからないのに、マウリヤは反射的に口を開いた。 「マウリヤが、きらい?」 「意志のない人形は嫌いだね」 「……わたしは、オマールくんが好きよ?」 その時、胸の痛みが特に強くなった。なぜか急に、マキナに謝りたくなってしまった。 怪訝な眼差しを向ける、オマールの顔を直視していられなくなって、マウリヤはくるりと背を向け、ひとり、洞窟の入り口に向かって歩き出した。 ずっと無言でいたルインは、その背中を見送るとオマールの頬を両方からぎゅーっと引っ張っておいた。 「何するのさ」 「女の子に優しくないのはボクの敵だ」 「意味が分かんない…第一マキナとは昔なじみだけどあの子とは今日会ったばかりだ」 わかってるよ。さっきのはオマールなりの、マウリヤを惜しむ態度なんだよね。 でも、鈍感なところ。結果マウリヤもマキナも傷つけて終わってるところは、さすがのボクも頬くらいつねりたくなるよ。 (ボクからは何も言わない。だってマキナでさえ、言わずにとっておいた大事な想いなんだから) 今はただマウリヤの背中を、やりきれない思いを見送るしかできない。
(好きよ、好き。マキナ、大好きよ) 空っぽの胸を、抱きしめるようにして、サンマロウに向かう間マウリヤは唱え続ける。 お友だちの名前。大好きな一番のお友だち。 そして実は名前もそんなに覚えていないけど、よく遊びに来てくれた街のお友だちの顔も浮かんできた。 胸がふわふわとした。 (……オマールくん、好きよ) もう一度、考えてみると、やはり胸がつきんと痛かった。 こう言うのはあんまりお人形らしくないかも知れない。マウリヤは考えるのをやめた。
胸が痛いのは、それはマキナの言うべき言葉だからだ。 マキナになれなかった(本当はマキナになりたいわけじゃなかったから良いけど)、そんな自分が言ってしまうから、悪い言葉なんだ。 わたしはオマールくんが好きじゃない。好きじゃない。 マウリヤはひとり、サンマロウに戻り、喜ばれたり落胆されたり抱きしめられたりした。 それでも構わずに、旅に出ると告げる。止めるものも止めない者もいた。 良いの、行くの。お屋敷は好きにしていいからと言い張った。 犬飼の男が、マキナお嬢さんがいなくなったら寂しくなっちまうよと引き止めてくれる。 ねえ、わたしが本当にマキナじゃなくっても、わたしたちはお友だち? 返事は返ってこなかった。 いいの。
「……」 ルインは女神の果実を手に、動かなくなったマウリヤを見つめて。 乳母が現れてお友だちの墓石から離されるのも見つめて、そうっとその場を離れた。 ひとり、墓石の並ぶ中庭に立ちつくすオマールは、誰もいないこの場所で、新しい墓石に向かって、珍しく棘のない声を落とした。 「君をこの世で一番信頼していたよ」 墓石に刻まれた言葉をもう一度目で追うと、立ち止まることなくその場を去った。 良い風が吹く。出航日和だった。
大好きなお友だち ここに眠る
私だけ楽しかった、好きなことだけ詰め込んだオマール話ことサンマロウ話でした。 ぶっちゃけオマールあんまり活躍してな…ry あ、ルインのことはこのころ小指の先ほども意識していません。
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