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今日もルイーダの酒場は大繁盛で、リッカの宿屋はほぼ満室状態であり、そこでお手伝いとして働くルインの動きもさすがのものだった。 腕力がないくせに大量の皿や料理を塔のように重ねてホールをすいすい歩く様はもはや名物扱いだし、酒の周りがよくなりすぎる頃合いにあっと驚くような芸をして見せ客の目を醒まさせる。 客達は勘定の時まで笑顔を絶やさない。 何もルインひとりの功績ではないのだが、彼女も立派に店を盛り立てているのだった。 「……」 それを、焼きいかを振る舞われながらイザヤールは日夜見守る。 こんなにも多くの人と関わって、楽しませ笑いあう環境。 それは今までになかったものだし、それはイザヤールの知らないルインの一面であった。 「我が師、イカおいしい?」 「…うむ。何とも、噛めば噛むほど味が出る。食感も面白いものだな」 人間になって日も浅いイザヤールは、まだまだ衣食住のひとつひとつに新鮮な驚きを見いだしている。 ただ単に海産物を火であぶっただけのもので、酒がずいぶん進む。 天使界には動物性タンパク質を摂取する習慣がほとんど無かったから、なおさら。 「…お前も少し休んだらどうだ。客もずいぶんはけたようだが」 「うーん、じゃあちょっとだけ」 本当は正規の従業員ではないルインに、勤務時間などあってないようなものだ。 彼女は気が向いたときに店に顔を出し手伝い、その気がなければ忙しくても手伝うことはない。 リッカもルイーダも、その辺を容認している。 今ここにルインがいれば、と言うときに限って現れるのだから、さすがと言うべきか、なんと言うべきか。 ルインはイザヤールの座る、壁際のテーブルの席に着いた。 酷い下戸であるルインは水差しの水をコップに注ぐ。 「多芸だな、ルイン」 イザヤールはふいに口元を緩めた。苦笑に近い表情は、ルインの疑問となって首を傾げる仕草を呼ぶ。 「いや、なに。おまえはすっかり人間界に溶け込んでいるようだ」 「溶け込めてるなら良いな」 イザヤールは今度は、浅く苦笑を浮かべる。 溶け込めているか否かという点で、ルインの存在は確かに多くの人の中にあって目立つことは否めなかった。 「私はまだまだのようだ。その…他人と話していると、おかしな顔をされることが多い」 「それはそれで天然キャラを確立できて良いんじゃない」 「おまえと一緒にするな」 ルインはイザヤールの皿からイカの足を一本もらい受けて、もぐもぐかみ始めた。時間がかかりそうだ。 イザヤールは杯を傾けながら、弟子の目を見つめる。 弟子もイザヤールを見ながら、イカを咀嚼していた。もぐもぐ。 (私達はまだまだ、溶け込むには時間がかかりそうだな) 何だか訳のわからない、脱力感におそわれて、イザヤールはごまかすようにルインの髪を乱すように頭を撫でた。 ルインは猫のように目を閉じてそれるがままだ。 たとえば、そう。大勢の人の中で目立ってしまっても、気の許す人とともにあったとき、その中に溶け込めていたなら良い。 ルインは、幸いにも旅の仲間や友人達に恵まれたようだ。師としても育ての親のような心境としても、喜ばしいことである。 (私は、そうだな…おまえの幸せを見守れるならそれで良いと思っていたが) 「イザヤールだって」 ようやくイカを呑み込んだルインが、伸ばされたイザヤールの腕を伝うよう、視線を寄越してきた。 「これからたくさんつくるといい。友達とか仲間とか、恋人とか子供とか」 「……そんなことまで気を回すな」 ――――――この弟子の、思考など容易に読み取れる。 人間として生きていくと決めた以上、世界に溶け込む姿勢を、そしてそんな私を、誰よりもこの娘が望んでいる。 (きっと、おまえは) 「ルインさえいればいい」 言葉を切る。 金の双眸は、微動だにせず澄み切っていた。 「―――なんて、私が言うとでも思うか?」 「むしろそんなことになったら我が師、自分の舌を噛み切りそうだよね」 神妙に呟かれる。 「おまえは私の、幸せのひとつにすぎない」 軽く酒気の回った、けれどあたたかな眼差しを、イザヤールは向けた。 ルインは水しか飲んでいないのに、血色の良い頬を緩ませて。 それこそが欲しかった言葉だと、言いたげに。 「私も同じだ。イザヤールは幸せのひとつ。たったひとつの」 世の中にはもっともっと幸せの感動が秘められていること、知って欲しい、見て欲しい、感じて欲しい。 見聞の乏しさから何もかもに衝撃を受ける子供みたいな目をして、ルインは笑いかけた。 どうかイザヤールに、素晴らしい出会いと世界と幸福が訪れますように。
うちの師弟。 紛れ込むにはまだまだ時間がかかるよ。
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