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水音の絶えない、名物の大滝に見守られたのどかな村、ウォルロ村。 一晩中眠らぬ都会と違い、村の夜は人工の明かりがほとんど落とされ、灯火が少ないがあかるかった。 煌々と輝く月と、空一面を彩る星々。それらが村中を照らし出し、視界に困ることはない。 すべてを悟ったイザヤールは、ひとと変わらぬ身となって再びおのれがかつて守護したこの地に降り立っていた。 今は、ただ待っている。
お守りとして長年持ち歩いていたあの宝石が砕け散り、命を長らえたのだと理解してから、この時にいたるまでイザヤールは記憶を失っていた。 ガナン帝国城から傷だらけで脱出したイザヤールを、牢獄の人間たちが見つけ介抱してくれた。 そして行く当てもない自分を気遣い、大陸から脱出する手はずまで整えてくれたのだ。 わずかに脳裏に残っていたのは、金の髪の、羽根を持った美しいひとと、赤い髪の子どもの印象だけだった。 それを頼りに、剣の腕だけは確かなものがあったので方々を渡り歩いた。 自分にとって大事な、かけがえのないものだったに違いない、顔も思い出せない二人の面影を探し歩いた。 赤い髪の少女の噂はいくつか街の端々で耳にしたが、今どこにいるかまではつかめずに、そして、あの日がやってきた。 星の降る夜。妙な胸騒ぎに冒されていた日。 イザヤールはすべてを思い出した。 そして辿り着いた、アユルダーマ島の青い木の傍らで、女神セレシアの声を聞いた。 自分が命を落とすはずだった戦いの、さらに以前から、この顛末はつながっていて。 慕い敬う師と、護り慈しむ弟子が、どのような結末を迎えたのかと。 「…エルギオス様。ルイン…」 イザヤールの罪のひとつを、弟子は当たり前のことのように被っていた。 師を救うこと。何をさしおいてもたとえ命を犠牲にしても。エルギオスを救おうとした。 ――――天使イザヤール…。これからは限りあるときを人間として生きなさい… 天使界を欺いたこと。師のために弟子を謀ったこと。イザヤールの罪はけして軽いものではない。 「私の罪は重い。たとえ人の身になったとしても、命永らえるわけにはいかない」 とっさに口走った言葉にイザヤールは愕然とした。 セレシアの言う、罰は。 天使として生きられないことではない。星の守り人として選ばれないことなのだ。 以前までの、確かに天使のイザヤールならば、それを屈辱に思っただろう。 守り人になれず、人として落ちて生きるなどとと。この上ない罰だと、嘆いたかも知れない。 だがしかし今は。 生きる、ということに、恩情を感じるのだ。これが、罰? ひととして生きることが?天使ではない、永劫ではない時を、有限に生きることが私への罰と? 「なぜ!」 イザヤールは叫んでいた。神聖なる幹に、拳を叩き付けるのも構わずに。 「何故私をお許しになる!こんな馬鹿なことがあるか、天使として堅実に誠実にあなたにお仕えした皆は星となり消え、背いた罪深き私だけが何故!」 青い木はもう、何も語らず黙したまま。 イザヤールは膝を着き土をかいた。嗚咽が漏れた。 襲い来るのはどうしようもない孤独だった。何百年と生き暮らし、おのれのあった場所。 どこにもない。もう、どこにも。 誰もいない。もう、二度と、知り得たすべての親しい友人達とも、言葉を交わすこともない。 天使ではなく、ひととして少ない期間であれ過ごしたイザヤールに、のしかかる喪失感は膨大だった。 「―――――なぜ…!」 イザヤールは呼吸の合間に漏らした。なぜ。 「エルギオス様、なぜ私を、なぜ私の命を永らえた…!」 天使界もない、探し求めたあなたもいないこの世界に、どうしてこの私だけが赦されてここにいる? 誰もいない。もう、誰も。イザヤールの居場所はどこにもないのだ。 「…………ルイン…」 名を呼ぶ。我が弟子。私の破滅。やさしい娘。 あの娘は強い子だ。脆いところもあるが自分で友人を作り居場所を作っていける。 私を失ったことで悲しい思いをさせたかも知れないが、きっとそれもすぐに乗り越えていける、そういう子だ。 「…ルイン、そうか」 急速に記憶が呼び覚まされる。 この宝石をくれたのは、すこし成長を遂げたルインだった。 「それが叶えるものが、あなたの本当の願いでなかったら」 「私を真っ先に殺してね」 彼女はそう言った。当時は何のことだが見当もつかなかったが、今は違う。 ルインにはわかっていたのだ。 生きながらえたところで、イザヤールが諸手を挙げて喜ぶわけではないのだと。 死を覆す、その罪深さを、弟子は再び被ったのだ。 (ああ、エルギオス様!あなたはなんと言うことを) イザヤールは再び嘆きに天を仰ぎそうになるのだが、首を振って思いとどまった。 解っている、わかっているのだ。 エルギオスの願いも、ルインの想いも、人間になったイザヤールには、理解が出来る。 すべてはイザヤールへ向けられる、悲しいほどの愛ゆえのことであった。 人間は誰かを愛するがゆえに、ときに優先順位を見誤る。 イザヤールはすでにもうそれを知っていたし、罪深きおろかな人間のひとりだった。 ―――――私はルインに会いたいのか。 ひととして生きることが苦なのではない。けれどまだ釈然としないこの有限の生を、再び弟子の前に現れて何になるのだろう。 もはや天使界はなく師も弟子もない関係の、自分にとって最愛の少女は、きっと人間としてのおのれの居場所を確立しているだろう。 私がいて、何になる?何をしてやれる? 出来ることがあるのなら、盾にでも剣にでもなってやれる。 しかし今になって、それだけの私があの子に必要であるだろうか? 以前なら考えるまでもなかった疑問が、渦を巻いてイザヤールの思考を苛む。 しかし、自分が、イザヤール自身が、もう一度。 我が弟子に、ルインに。 逢いたいと思っているのだ。
翼のないお互い、もはや空を駆け会いに行くことは出来ない。 では待とう。おまえが来るのを。私を思い出し、おまえの方から会いに来てくれるのを、有限の時の中で待つとしよう。 そして叱ってやろう。あまり無茶ばかりするなと。 ――――――もしおまえが、まだ我が師、と私をそう呼んでくれたら。
でもルインはここからイザヤール、とも呼ぶようになった(笑)
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