[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ルインは血塗れだった。大怪我をしている。だがその身に纏う紅の大半は返り血によるものだ。 弟子の髪は遠目にも見分けられる鮮やかなくれないだったので、イザヤールの視界は赤ばかりだった。 身体にも様々な問題を抱えていたはずの小さなルインが、たったひとりでイザヤールが破れた皇帝ガナサダイを打ち倒してしまった。 ただ、少々、いやかなり無理をしたのだろう。弟子はひどい怪我を負っていた。 「強くなったな、ルイン…くっ」 ただ、純粋にその事への感想を伝えたくて声を上げるだけで、イザヤールの全身に激痛が走る。 ルインは応えない。もうずっとどの言葉も返すことはない。 ガナサダイを倒すとすぐ、己の怪我の止血もせずに、イザヤールへ回復の呪文をかけ続けているからだ。 戦闘のさなか、傷を負った仲間に動揺せずためらわず、行動に移すことが出来るように、ルインは判断を誤らなかった。 もうずっとずっとずっと口内が乾いて魔力の摩耗で手が痺れるぐらい呪文を繰り返しているのに。 イザヤールの傷が癒える感触はずっと希薄だ。ほんの少し癒せても、わずかなほころびから元通りになっていく。 身体の組織が、ゆるゆると崩れていく。命がほどけていくのが、よりルインを通して伝わってくるようだった。 「捕らわれていた天使たちを救うため、ガナサダイに従った振りをしていたが…」 イザヤールは苦しげな呼吸の合間、ゆっくりと話し始める。 ルインは迷わなかった。手を止めて耳を傾けたくなる衝動に、唇を噛み締めて背く。 回復に全神経を向けたままでいる。自分の呟く呪文が師の声の妨げとなって聞こえないなんて、こんなに腹立たしいことはないのに。 「…いつから、人の話をきかないようになったのだ」 それでも、眉を下げて呟かれたその言葉は、しっかりと耳に入ってしまった。 「…我が師、我が師ごめんなさい」 「……」 魔力の酷使ですり切れた弟子の、小さな手が震えている。 やっとルインがイザヤールの顔を見たので、イザヤールの視界は赤と、いつも通りあたたかな黄色になった。 「強くなったかなと思った。我が師を、助けられると思ったんです」 今すぐ消えて無くなりたい思い上がりの気恥ずかしさと、悔やんでも悔やみきれない無力感に襲われ、ルインの震えはやがて全身にまで至った。 それが体感温度から来る反応ではないとイザヤールにも解っていたのに、寒さに凍える小さな天使が、何よりも護るべき相手のように思え、そっと手を伸ばして抱き寄せた。 身体をほとんど動かせないイザヤールには、寄り添うようにしかできないが、それでもそれは震える弟子を暖めるための抱擁だった。 「おまえは、私の想像を遙かに超え、強くなった。ルイン。がんばったのだな」 「……イザヤール」 ずうっと、出会ったときからただ呼びたかった名前を呼ぶ。 としつきの差が、身体の大きさの違いが、性の質の違いが、何もかも異なるところが悲しかった。 すこしでも近いところに行きたかった。肩を並べる天使に、いつかなりたいとただまっすぐに見据える道標だった。 だから、最期の力を振り絞り背後から襲いかかる皇帝に、気づくのもまた、師には及ばないのだ。 「危ないっ!」 「……ッ」 ルインを突き飛ばしその身代わりとなるも、イザヤールは剣を取ってガナサダイの息の根を止めた。 「無事か?ルイン」 ルインは瞬きを繰り返す。何度見直しても、イザヤールの身体が光を放ちはじめている。 「…どうやら…私は、ここまでのようだ…」 事態の把握に脳が追いつかず呆けているルインを、けれど視界に納め無事を確かめると、イザヤールは笑ってそう告げる。 「…あ…」 ルインは唐突に、硬いもので頭を殴られたようにはっとして急いでまくし立てた。 「……我が師、我が師大丈夫です!エルギオス様と天使界のことは、きっと私がなんとかします!お任せください!」 イザヤールは、すべてお見通しの弟子の成長を素直に喜ぶべきか、どう反応すべきか、正直困ったのだったが。 苦しい息のなかで、それでも。 「そう…か。ルイン。おまえは私の誇りだ、私のルイン…おまえは、破滅などでは、ないのだから…」 ルインは幸福で目がくらみそうになりながら微笑みを浮かべた。 「どうか…あとは、頼んだぞ…我が弟子よ…」 「はいっ、我が師!」
光はその後、一度も大きくなることなく数を減らし、ついにはルインの目の前から完全に消えてしまった。 舞い散る羽根も、あとには残らず、どこにも、どこにも。 その姿があった痕跡など、ひとつもルインには残されず。
「…………イザヤール」
かれた声でルインは呼んだ。
「…イザヤール、死なないで」
もう告げることの叶わない言葉が、空の玉座に反響して消えていった。
正直某サイト様と時期被りすぎましたが公開
[0回]