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「ニード、今日泊めて」 ウォルロの村の小さな宿屋、リッカから譲り受けて店主となったニードの元に、またあの妙な旅芸人が訪ねてきた。 「おう、ルインじゃねえか。珍しいな」 リッカとともにセントシュタインに向かった後、あちこちを旅して回っているらしいが、こうしてちょくちょくと村に顔を見せに来る。 「だってボクの村だもん…」 「意味わからん。つーかお前妙に薄汚れてね?」 モンスターと戦ったり洞窟に潜ったりもしているようなので、身綺麗にも限界はあるだろうが今日のルインはことさらひどい。 全身が泥に汚れ、乾いたところから土が落ち、埃っぽい臭いがする。不思議なことに不潔な印象はしないのだけど。 「風呂湧かしてやっから、とりあえず外で手と足洗ってこいよ」 「うん」 宿の入り口にこのままいられたら、泥汚れの被害が悪化するのは身に見えている。ルインは素直に頷くと、宿の側の川に向かって出て行った。 「ッてか、あいつも一応女だろー?」 ニードは一度たりとも、ルインをそう言う目に見たことはない。というか見ることが無理だろう。 「ニードー。洗ったー」 「おう、じゃあ着てるモン脱いでかごに放りこんどけ、入ってる間にメシ作ってやらあ」 「うん」 と、けして広くない宿屋内で平気で目の前で脱衣して風呂場に駆け込んでいく。 この調子なのだから。 (うちの妹と大差ないってーか…うげ、泥すげえ) 「……って、オイ」 脱いで置かれた(なぜかきちんとたたまれている。こういうところだけはしつけがなっていて、さらに謎だ)ルインの服を拾い上げて、ニードの動きがぎくりと強ばる。 「ルイン、おい!」 「ニード、ボクオムライスがたべたいー、どうせお客さんいないんでしょ」 「やかましい!おまっ、この血!」 「へーき、へーき、ホイミしたらふさがったし、寝たら治るよ」 「んな問題かよ!」 風呂場の外と内で、ぎゃいぎゃいと騒がしく言葉が飛び交う。 やがてニードが根負けして、おとなしくオムライスを作ってやっているうちにパジャマを借りてきたルインが出てきた。 「わーい、げんこつダケ入りオムライス?」 「んな血圧上がりそうなモン作るか!薬草入りだ!」 テーブルの上にでんと置かれた大盛りのオムライス(緑のソースかけ)に、ルインはしまりのない笑顔を浮かべた。 「ニードのごはんって大味だけどおいしいよねえ」 「お前はひとこと余計に加えんとものも言えねえのかよ」 ぶつぶつ言いながらも、やっぱり今日もお客さんがいないのでふたりでテーブルについて食事をする。 「部屋の掃除はいまいちだし接客もなってないけど、慣れたらほっとするんだよね、ここに来ると。もうちょっと工夫したらいい宿屋になると思うんだけどなー」 「……なーに言ってやがる。この俺が経営してやってんだ。今はちょっと客足悪くてもすぐにぱぱっと話題の……」 「んぐ?」 もぐもぐもぐもぐ。頬にいっぱい詰め込んでひたすら咀嚼しているルインの顔面を、ニードは目を細めて凝視する。 「おま、それ…世界宿屋協会の…」 ルインの胸に紐を通して下げられた、見覚えのあるエンブレム。 「あー、うん。世界中を旅してるってことでね、ボクも特別審査員に呼ばれたんだよねえ」 「そっっ、それを早く言えーーーーーー!!!」 「言ったら意味ないしい」 絶叫して顔を赤くしたり青くしたり(今はリッカにもしこのことが知られたらとか色々言っている)、忙しいニードに構わずルインは平然とした様子で食後のカフェオレまでおいしく頂いた。 「でもまー、一般ウケは悪いだろうけどボクは好きだよ、ニード宿」 「お、お前に好かれたってなあ…」 がっくりと肩を落とすニードの背中を、ぽんぽんと叩く。そうっとニードが顔を上げたところで、笑顔のままひとこと。 「リッカの宿の次にだけどね」 地味にとどめを刺した。
アンタ…実はワザとやってんじゃないの? ウォルロ村をあとにする早朝に、妖精さんが呆れて呟いた言葉に、旅芸人はとぼけたとかとぼけなかったとか。
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