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ベクセリアは曇天に見舞われていた。厚い雲は陽を覆い隠し、そのあたたかな恩恵をもたらしてはくれない。 人々の心と同じように。 「ベクセリアの民は大いなる試練を乗り越えました。しかし、その結果我々は、かけがえのないもの…エリザさんを失いました」 教会の前の墓地で、しめやかに葬儀がおこなわれている。 町中と言っても過言ではないほど、多くの人が参列し、涙を流した。 棺のなかに納められ、花や、生前の愛用の品に包まれ眠るエリザは安らかな顔をしている。 そうしているのと眠っているだけのようなのに、すでに抜け殻でしかないのだ。 エリザは二度と、笑わない、泣かない、怒ることもない。 エリザの母親は声を枯らして泣き、老若男女問わず葬儀はすすり泣きが絶えることがない。 ガトゥーザの養父である神父が祈りの言葉を唱える間、彼は神父服を身に纏いその手伝いをしたが、一言も祈りは述べなかった。 キオリリもわずかだが涙を流した。それは悲しみの少なさを表すのではなく、耐えているだけに過ぎない。 (エリザはきっと、あんまり泣かれると悲しんでしまう) そう思うから。 オマールは無言で佇んでいた。ほぼ面識のない人間の葬儀では、なんの感情も抱きようがないだろうが、気は滅入るのだろう。 だれもが釈然としない思いを抱き、悲しみを抱いたまま、ベクセリアの流行病は去った。 夫のルーフィンは、ついぞ葬儀に現れない。 対称的にルインは、なきがらとなってから棺に納められ墓にふたがされたあとも、エリザのそばを離れない。 無表情とも言い難い、そう、いつもの真顔で、じっと人々の様子をうかがいながら、エリザに寄り添うように動かなかった。
「…こんなに雰囲気クライんじゃ、星のオーラなんて出ないよね」 葬儀が終わり、みんなが帰ったあとも墓の前を離れないルインにサンディが言いよどみつつもぽつり。 「ルイン、どうする?とりあえず町長さんとこにお礼だけでももらいに行こうよ」 「あとでね」 さらっと交わす。アンタずうっとそうして突っ立ってるだけじゃん…と思いつつ、やっと言葉を発してくれて内心ほっとする。 すこしして、キオリリが迎えに来た。 まだいるの?という問いに、一緒にいてって言われたんだと答えると、悲しそうに眉を寄せられた。 「ルイン、あんたもずっと看病していたんだろ?身体を壊すよ、すこし休んだ方がいい」 「……もう少ししたらそうする」 ルインの答えに、キオリリは納得しないような様子だったが、もう何も言わずに先に宿に戻ってると言って去っていった。 「どうしたのサ、ルイン?アンタ天使なんだから人間が死ぬのもいっぱい見てるでしょ」 「見てるよ、うん。でも、なんか」 ふと、言葉を切ってルインが顔を上げる。いつの間にか夕刻を過ぎ夜の時間が訪れていたようだ。 「…心配で、戻って来ちゃいました」 「ルーフィンが?」 さして驚きもなく、あわい光を放つエリザにルインは問いかける。 「ルー君も、ルーちゃんも」 「ボク?なんともないよ」 エリザは小さく微笑んで、ルー君に会って、話したいことがある、と告げられる。 「ルーちゃんに私が見えて良かった。私の言葉を代弁して貰いたいの。だめかな?」 「いいよ」 ルインは二つ返事だ。死者と話すのも普通のことであるのに、こうしてまた会えて嬉しいと思っている気持ちと、寂しいと思っている気持ちが混在していた。 「おい、ルイン。ナニひとりでごちゃごちゃ言ってる」 「あ、ガッくん」 ふたりで振り返ると、教会から神父服のままのガトゥーザが近寄ってくる。 いままで葬儀の後処理を手伝っていたのだろう。おまえまだいやがったのか、エリザとか他の奴らがうっとうしくって休めねえだろと怒られた。 (そうかな、たいして迷惑そうには見えないけど) 現世に留まるエリザと、老人の顔を見つめつつ、それでもふたりにルインは頭を下げる。 「ごめんなさい」 「いいよう、ルーちゃんが側にいてくれて嬉しかったもの」 「いやいや、ベクセリアが救われたのはアンタがたのおかげじゃから」 「いいって」 「適当なこと言いやがって…」 顔をしかめるが、ガトゥーザはそれ以上何も言ってこない。ふと、エリザの墓石を見つめる。 「…ガトゥーザ、エリザが」 「ルーちゃんルーちゃん。私がいることガッくんには言わないでね。ガッくん、お化けが嫌いなの」 (僧侶なのに?) 言葉を途切れさせたまま、ルインはしばしガトゥーザと見合う。なんだよ、と促されようやく糸口を掴む。 「エリザが、言ってたんだ。ルーフィンに伝えたいことがあるって」 「…ふうん。じゃあ行ってこいよ。あの腰抜けが今更ナニしようがエリザは帰ってこねえがな」 エリザがぽかぽかとガトゥーザを殴るが、当然その手のひらは頭を肩をすり抜けていく。 「ガトゥーザも行こう」 「なんで俺が…」 「行こう。ガトゥーザもルーフィンに言いたいことがあるんじゃない」 ルインにしては強引に、神父服の裾を掴んで引っ張っていく。 ふたりは研究室に籠もりきり、だれとも顔を合わせずにいるルーフィンを訪ね、エリザの想いを伝えた。 「…そうか、キミは確かエリザを看取ってくれたんだよね。エリザは…エリザは何か言っていたかい?」 言っていた。でもだれにも言わないでねと言う最期の言葉だったから、それを伝えるつもりはルインにはない。 「いいから、エリザの言葉を聞いて」 「?だから、きこうと…」 「ベクセリアを見て欲しいって。あなたが救った街の姿を、その目で見て欲しいって言ってるよ」 「!」 仏頂面で控えていたガトゥーザが、ぴくりと眉を動かした。 いや、しかし…としぶるルーフィンに、つかつかと歩み寄り、乱暴に胸ぐらを掴み上げる。 「ガッくん!」 「見ろよ!俺の生まれ育った街を見て見ろってんだ!てめえの嫁が、生まれ育った街だろうが!!」 ルーフィンの、眼鏡の奥でくすんでいた眼差しが、ふらりと揺らぐ。 「ちゃんと見ろ!!」 ずいっと突き放され、ルーフィンは軽く咳き込むが、顔を上げ、いまだ憔悴した様子ながらも、そうだね、とつぶやく。 「それが…エリザの望みなら…」 ルインとルーフィン、そしてエリザ。後ろからはガトゥーザも離れてついてきて、4人は夜のベクセリアを訪ねて歩いた。 ありがとう、ルーフィン先生!あんたはこの街の英雄だ! うちは妻と娘の二人が病に伏せり、毎日気が気ではありませんでした…。 あ、もちろんあんた達だって英雄だぜ、ガトゥーザにキオリリ! 様々な思いが、街の人々から告げられる。 今までろくに会話や交流をしてこなかったルーフィンに、信じられないほど好意的な言葉や感謝が向けられる。 一人犠牲になったエリザが、どれだけ愛されていたのかも。否が応にも知らされる。 「…悲しいのは、ぼくだけではないんですね…」 研究室に帰ってきて、ルーフィンは肩を落としたが、そう、呟き。 「エリザが言いたいこと、わかりました。ぼくはこの街の姿を知らなかった。知ろうともしてこなかった。お義父さんと張り合うことばかりを考えて、こんな、みんな苦しんでいたなんて…」 机に伏せ、頭を抱えるルーフィンに、エリザはそっと手を添える。もう、触れあうことも出来ないけれど。 「いいのよ、ルーくん。私、わかってくれて嬉しい」 「これからは、この町のために力を尽くして生きていきます。エリザのためにも…」 「ありがとう、ルーくん。私、幸せだったよ」 声は届かない。その眼差しも、優しい思いも届くことはない。 ルインはエリザを見上げた。エリザは微笑んでくれて、ルインの頬をそっと撫でる仕草をしてくれる。 「私、あなたのおかげで死んじゃっても望みが叶っちゃった。ルーくんのすごいところをわかって貰うこと。ルーくんにこの街を好きになって貰うこと。それが私の夢だったから」 「でも、エリザがいないよ」 小さな声でルインは言った。ルーフィンもガトゥーザも気付いてないようだ。 「エリザがいないと、私」 (なんなんだろう?) その先の言葉が出てこなくて、ルインは困ってしまった。 エリザはそれでも、微笑んでくれる。 大丈夫。ひとは強いの。悲しいのも辛いのも、いつか乗り越えていけるのよ。 笑顔で、エリザは机に向かうルーフィンの背中を見つめる。いとおしそうに、名残惜しむように、見つめ続ける。 エリザはやがて、光を放って空に上っていった。
星のオーラで街がいっぱいになってる!とサンディが教えてくれた。ルインには見えないままだけど、そう聞けばやはり素直に嬉しいと思う。 「帰ろう、ルイン!今度こそ箱船ちゃん飛ばせるって!アンタを天使界に送ってあげるって約束、アタシはちゃんと覚えてるわよ!」 「うん…」 ルインは頷く。でもそうとなると、ガトゥーザ達に告げなければ。 みんなは今日までベクセリアで休んで準備を整え、明日には出発すると聞いている。今度は海路を用いて南東のアユルダーマ島に向かうらしい。 違う大陸。興味があった。どんな風土があってどんな人々がどんな風に暮らしているのだろう。 けれど。 「ガトゥーザ」 ガトゥーザはやはり教会前にいた。墓地とは反対方向で、空を眺めていたようだった。 「なんだ」 「うちに帰るね。まだ帰れるかはわからないけど」 「世界中を笑いの渦に巻き込むまで帰れねえんじゃなかったのか」 いつの間にかそっち設定になっている。まあ、事情が変わったんだと適当に濁す。ガトゥーザも適当な感じで、追求はしてこない。 「…エリザが」 言葉を切って、ガトゥーザの隣に並んだ。 「神様はいなかったの?って訊いてたよ」 「…まだその話か」 ガトゥーザは僧侶だけど、神様があんまり大事そうじゃないよね、と何気なくつぶやく。 平然とまあな、と返され、信じてないの?と単なる興味で質問を重ねる。 「いや、信じてるぜ?どっかにいるんだろうなってのは思ってる。ただ、万能だろうがロクでもねえヤツだとは思うがな」 聖書にあるように神が全知全能、清廉潔白であれば、世界はあっという間におかしいことになっているはずだ、と告げる。 「神様がとんでもねえ根性悪か、自堕落ないい加減野郎か、まあそこそこ人間くさいようなヤツなんだろうよ。だから気まぐれに人が死んで人が生き返るような奇跡が施される」 俺たちを上から見下ろしてるようなヤツなんだよ、神ってのは。 「まあ、ボクも会ったことがないから分かんないけど」 神の国にはいらっしゃるらしいが。ガトゥーザの言い分は酷すぎるような気もしないでもない。特に反論もしないのだが。 「いてもいなくても構いやしねえが、どんなヤツだか面ぁ拝んでやりてえと思って」 「信仰の教えを広めるための旅じゃなかったんだね」 まあ正直なところそんなん知るか。てめえの好きなように信仰してろってのがガトゥーザ流儀であるらしい。 「俺はそいつに、一生かけてもいいんじゃねえかくらいは思ってる」 (そこまでいくと、それもひとつの信仰だよね) ルインはガトゥーザの横顔を見上げる。もしかしたら、もうお別れかも知れない人間。 もっと見ていたかったなと思う。神に仕える共通点をもちながら、その目的のまったく異なる人間。その行き着くところ。 「ごめんねガトゥーザ」 漆黒が、ルインを見返した。 「ガトゥーザの街を護れなくてごめんなさい」 ルインの言わんとする意味を、すこしの間を置いて理解したガトゥーザは、短くため息を吐いて、表情をいつもよりも険しくした。 「…エリザが死んだのはてめえの所為か?どんだけ粋がってんだ、ああ?」 「違う」 チンピラ風にすごまれた。否定すれば、だったら謝るんじゃねえと叱られる。 「ボクが、嫌だったみたい。護れなくて、嫌な気分」 「そりゃあご立派な自己満足だな」 うん、と頷く。そしてぽつりとつぶやいた。 「人が死ぬのって、悪いことなんだね」 ガトゥーザは何とも言えない顔をして、頭を撫でてくれた。ぐっしゃぐっしゃと。 もちろん、悪いことだとは知っていた。けれど実感として、ルインは死を良い悪いで感じたことがなかったのだ。 でも、人の死を寄り添うように看取って、死んで欲しくないし、死なせたくないと思ったのに、エリザは死んでしまった。 天使の力を持ってしても、どうにか出来たとは思えないのだけど、どうしようもない無力感に心がぐらぐら、頭もふらふらとまとまらない。 「…やっぱり、帰れなかったら」 ガトゥーザはこちらを見ていてくれる。目をしっかりと見据えて、ルインは訊いた。 「またあなたに着いていってもいい?」 あるいはすがるような物言いにきこえたかも知れない。 ガトゥーザはやはり、微妙に顔をしかめたまま、まあ、そう言っていたからなと言ってくれた。 ルインはようやく、笑顔を浮かべることが出来た。
―――――訊けば、教えてもらえるのだろうか。 我が師に会いたかった。
あんまり活躍していない気もしますが…ベクセリアのガトゥーザ話をこれで終わります。 読んでくださって有り難うございます! ガトゥーザの信仰心ってのは愛憎で成り立っているような気がする。 盲目に仰いでいない分、普通の神官より根が深いような気がします、という話。
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