[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「待ってて!すぐに準備するから」 この大きな街セントシュタインで、リッカは宿屋を経営することになった。 ウォルロ村に彼女がいてくれないのは何だか妙な気がするし、正直に言って寂しいと思うのだが、新しい志を胸に秘めたリッカは輝いて見えたし、なにより「見てて、私頑張るから」と言われたので。 (うん、見てる) それは天使である自分の役割である。まあ、今は天使だかどうだか微妙だが。 というわけでルインは宿を出て街の散策をしていた。 セントシュタインは広く、建造物も立派で高く、人口もウォルロ村の比にならない。 (これは、おのぼりさんってヤツかなあ) 自分の状況にふさわしい単語を頭の隅から引っ張り出して、それでもルインの目はせわしなく街を見渡した。 どきどきするし、わくわくする。目につくものすべてにあれは何これは何と訊いてしまいそうだ。 明らかに怪しい人物になりかねないので、目立つ行動は控えるけど。 「ちょっと、ウキウキしすぎなんですケド」 「ばれた?」 ルインの道具袋に潜む影が、白けきったコメントをくれる。 街を見るのも良いけど、その辺で困ってる人間見つけてちゃっちゃと助けちゃって星のオーラ集めた方がよくね?サンディの主張は常に一貫している。 その意見にルインとしても異論はないのだが。 「お城、お城に行きたい。お城だよサンディ。王様がいるんだよ」 「だーっ!アンタは子どもかっての!」 サンディはのんきすぎるルインの調子にしびれを切らし、小さな羽根をばたばたと抗議するように動かしたが、ふと、考えを改めたらしく。 「そういやなんか、この街って今黒騎士ってのの話題で持ちきりじゃん?これって絶好のチャンスなんですけど!」 「うん?」 「ほらー!さっきの看板にも出てたじゃんっ。黒騎士討伐アンタがやっちゃえば良いんじゃん!この街のひと全員からの星のオーラががっぽり…」 「じゃあお城に行こう。王様に会いに行こう。」 「ってちゃんと主旨理解してんの?マジ不安」 もちろん理解しているが、ルインは弾む足取りで王城へとつながる桟橋へと向かった。
「長っっ!!あんた見学長ッ!女の買い物かっつーの」 「ねえサンディ、魔法の聖水ってどこにあるかな」 「知るわけ無いってーかアンタはそんなにだいじなところが気になるっての?」 「うん、気になる。めっちゃ気になる」 そう言うルインの目は非常に思い詰めていたので、城見学をさんざん堪能したことを責めるのをサンディは(色々な意味で)諦めた。 すべてに無気力で無関心であるより、好奇心旺盛なのはむしろ良いことかも知れないが、時と場合と状況と、あと自分の立場を考えて欲しい。 サンディはため息をつく。めずらしく変わった天使だが、これを利用すればうまいこと帰れるんじゃないかと思っていたのに、自分はもしかして早まったのだろうか。 (でも、他に頼る奴もいないしなあ…我慢してせっつくしかないとか、チョーウツっていうか) サンディが今後の先行きに暗雲を感じている間に、ルインは城で見つけたやわらかウールをふにふにしながら、先ほどのことを考えていた。 (ご迷惑をおかけするわけには参りません) 王様も貫禄があって格好良かったが、フィオーネ姫はびっくりするぐらい美しかった。 人間たちはどうやら、姫の姿形の美しさを誉めていたようだけど、天使のルインはその心根の美しさに目を奪われてしまった。 (おひめさまは民のパンを奪ってケーキ三昧で暮らしてるんだと思ってた) 百聞は一見にしかずを体現してしまった。というか本なんてアテにならないなあとそれもそれで新しい発見である。 姫の瞳が悲しみで翳るのを見ると、どうしようもない気持ちになった。 自分は天使なのだから、人間が困っているのを見れば助けようと思うのは本能的なことなのかも知れないけれど。けれど。 (違うんだ、そうじゃなくて…なんか) 姫が悲しむかも、と思うと、まるで、たとえて言うならリッカが悲しそうな顔をしているような、そんな風な気持ちになる。 自分を助けてくれたリッカ。優しくしてくれ、なのに何の見返りも求めない。彼女が悲しかったり困ったりするのは、どんな場合でもいやだと思う。これは天使だからとか関係なく、ルイン自身の気持ちである。 (それはわかる) そしてルインは今、フィオーネ姫が悲しむのも見たくない、と思っている。 (……姫が、リッカと同じだから) やさしい人だから、きっと自分は彼女が傷つくのを見るのがいやなのだ。 そんなふうに、今まで思ったことはなかった。 「サンディ、黒騎士に会いに行こう」 「えっ、マジで!チョーいきなりやる気!?」 「うん」 話をきくに黒騎士にも色々と思惑があるようだし、すぐに退治などというのは軽率だと(部外者のルインでさえ)思うので、とりあえず会いに行って話をきこうではないか。 そうと決まればずんずんと歩き出すルインに、サンディは思い出したようにあっと声を上げてそれを制す。 「ちょっとちょっとルイン!さっきルイーダとか王様も言ってたじゃん!アンタひとりで行く気!?」 「行く気?」 思わずそのまんま訊き返す。 「仲間とか紹介してくれるって言ってたじゃん!とりあえず黒騎士やっつけるときだけでも世話になっとけば?」 「来てくれるかなあ。黒騎士退治しようとしてる人は多いだろうけど、ボクはこの見た目だし、お荷物っぽいから断られるんじゃない」 「なんちゅー弱気!正論過ぎてむかつくんですけど!」 まあ、ルイーダに頼めば好意的につきあってくれる人を紹介してもらえるんだろうけど。 「とりあえず紹介だけしてもらったら?アンタ無茶しそうでアタシがいやなんですけど」 「それもそうか。ひとりで旅しようにも常識無さ過ぎるしね」 あっさりきびすを返すルインのあっけなさに、サンディはすっかり疲れて道具袋の口で膝を抱えた。 もーヤダこいつ。テンチョーしゃれになんないってマジで。 と、ルインが宿に戻ろうと方向を変えた先で 「強盗だーっ、だ、誰か捕まえてくれーっっ!!」 切迫した、悲痛な男の声が響き渡った。 「強盗だって。サンディ、都会はさすがに違うねえ」 「アンタ何をそんなにのんきにしちゃってんのよ!」 ざわめきが強くなる方向に、街の人々に紛れて近づいていく。 人垣の中心に、顔を袋で隠しナイフを構えた男がいた。どうやらすぐに追いつめられたらしいが、その腕には。 「うちの子が!うちの子を助けてえ!」 小さな五歳くらいの女の子が、状況を把握できていない様子できょとんとして抱えられていた。 「人質だって。サンディ、都会は」 「アンタはそれでも天使か!」 言葉を遮られて、ルインは変わらぬ真顔のまま状況を見守る。少しずつ、位置を変える。 佇む誰にも気取られず、足を動かし前に進む。 「ち、近づくんじゃねえー!こいつがどうなっても…!」 「生きとし生ける者はみな神の子」 声が。 ざわめきを引き裂いて割り、静寂をうむ。 あたりの視線が一斉に声の方向へと集まる。そこにはひとりの男がいた。 安っぽく土埃に汚れた法衣に身を包んだ、男だ。手には木をなめした作っただけの簡素な錫杖。 顔はローブに隠されて見えない。 「神の子よ、我に何の用か?」 街の者なら誰もが聞き覚えのある、神父や神官の口上である。 低くよく通る声は響き渡り、えもいえぬ迫力をうんだが、いかんせん声色がドスがききすぎていた。 いらん迫力も二乗でうまれている。 「な…なんだてめえ…!ぼ、ボーさんは引っ込んでろ!!」 すでに強盗は気圧された様子だが、気の弱い者ほど武器を手放すのが困難である。 女の子の顔の前まで、刃物がぎらりと突きつけられる。 「神の前にこれまでの行いを告白しろ、聞いてやるよ」 謎の僧は上から目線で口上を続け、ずい、ずいと前進を続ける。 「や、やめて、うちの子が!うちの子が!!」 子どもの母親なのだろう、女性の声に涙が混じる。 見守る群衆の誰もが、僧が子どもに構わず強盗を説得しようという風にしか見えないのだ。 「おい、ニーちゃん…!」 中からむしろ、僧を止めようとする声も上がる。 だがしかしローブの僧は構わない。進み続け口上を述べるのみだ。 「神はいつでもお前を見てる。見てるぜ。お前みたいなヤツでもな」 「う…う…ふ、ふざけてんじゃ…」 男が腕を振り上げる。子どもがきょとんと目を上げて、母親の悲鳴が上がる。 その、武器を持つ手に何かが飛んできてぶつかる。跳ね上がる腕。 「いでっ」 「神の前に跪け!おらあっっ!!!」 僧の繰り出した錫杖の突きが、見事男の額にクリーンヒットした。 男の腕から脱出した子どもは、首を傾げながらも母親の元に駆け戻っていく。 「ああ、よかった…!」 「やるじゃねえかニーちゃん!」 「ああ、ヒヤッとしたぜー!」 万事解決、とどっと見守っていた人垣から歓声と拍手が沸き起こった。 一撃でひっくり返り気絶している強盗を、しなやかな体つきの女性が縄で手際よく縛り上げる。 「キオ」 「ご苦労様、ガトゥーザ。なんか大事になっちゃったわ」 目配せをして、騒ぎ盛り上がる群衆への愛想もそこそこに、男と女はそうっとその場を逃げ出すようにして離れる。 人気のない住宅街のウラ路地に入れば、打って変わって静かなものだった。 「見たか?」 フードを外しながら僧が言う。ガトゥーザ、と呼ばれた男だ。 「何を」 「俺があいつを伸す直前、腕に小石を当てたヤツがいる。とんでもねえ命中力だ。キオじゃねえんだろ」 「違うわよ。そういう細かいの苦手だって知ってるでしょ」 会話しながら普通に歩いている。何も警戒をしているわけではない。 けれどわかる。自分たちの足音以外の音が、後をつけていることを。 男と女は、同時に振り返る。 そこには、予想外にもちいさな少女が立っていた。 「こんちは」 手を挙げて、真顔で少女が短く告げる。 ガトゥーザに言わせれば、非常に頭の悪そうな第一印象である。
[0回]