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クリア後 マイパ日常話
ルイーダの酒場では、たびたび客達が余興を行う。 もちろん芸達者な従業員達も様々な妙技を披露しては場を盛り上げ肴として提供しているが(赤い髪のちびっこによる食器タワー運びとか)、それでも。 歴戦の戦士達による、磨き抜かれた戦いの業には敵わない。 「勝者、キオリリーッッ!!」 ひとつふたつと喧噪が散らばる中、ひときわ大きな歓声が上がっている一角は店の最奥のテーブルだ。 いましがた名を呼ばれたキオリリは、テーブル上に肘をつき手を差しだした形で先ほどまでの対戦者の苦悶の表情を苦笑して見ている。 「握手なら普通にするから…あんまり自信のない人は来ないでね」 「強いッ、強すぎるバトマスキオリリ!男達はこの美しさと強さの前にひれ伏すしかないのかーっ!!」 「やめてー、恥ずかしいから実況やめてー」 目元を朱に染めてじっとりと汗をかく、褒めそやされている当人は見た目は至ってふつうの女性である。 さらりとした紫の、肩口で切りそろえられた髪。シャープで大人びた顔立ちだが目元は優しく黒目がちで、女性らしい印象が強い。 体つきも引き締まってはいるが男性に比べて細く、長身すぎると言うこともない。ごつい鎧を纏っていない今ならなおのことだ。 とてもとても、幾多もの魔王をその剣で斬り伏せてきた勇者には見えない…が、その強さはこのセントシュタインでは有名すぎる話だった。 その勇者に文字通りふれあえる機会、そう、今夜はなぜか腕相撲大会な流れだった。 一般人も混じって勇者と一戦交えたがる始末。賭け事はタブーだが酒の一杯やたわいない賭け金なら店も目を瞑ってくれている。 「さあ、もういないか!?勇者キオリリに挑まんとする男は!女性でも良いぞー!」 「そろそろ終わりたいんだけどね…」 さすがに手加減のしすぎで逆に疲れた溜息をつくキオリリ。 そろそろお開きか、いやあやはりキオリリは強い、さすがだな、と言う空気が野次馬の中にも流れ出す。 「じゃ、俺が」 その間を縫って、声が上がる。ざわめきが一瞬ぴたりと止んだ。 手を挙げて、人垣を縫って前に出たのは緑の髪だ。当然、酒場の面々もよく知っている。 どっかりと、キオリリの前の席に着いたガトゥーザは、まるでガチャコッコが鉄のクギを落としたような顔をしている相棒に笑みを向けた。 「勝負だ、キオ」 「なんとー!!ここで大穴!勇者キオリリの戦友!出身は同じくベクセリアのガトゥーザ氏だー!!これは善戦が期待できるぞー!!」 「ちょっ…」 「うおおおおお!!」 「行けガトゥーザー!」 「負けるなキオリリー!防衛してくれー!!」 周りが熱狂に包まれ勝手に盛り上がっていく反面、キオリリは冷静を取り戻し、目の前の男の顔を見やった。 「…ガトゥーザ、本気?」 「なんだ、自信がねーか?」 挑発的に、けれどいつも楽しそうに笑う、ガトゥーザ。 彼は楽しいことはとことん楽しみ尽くす男だ。遊びと分かっていても、きっと勝てる見込みで挑んでくる。 本気で、キオリリと勝負するつもりだろう。 「冗談を、言わないで」 キオリリも眉をつり上げて笑った。いつもは町の女性とも感性の変わらないような、常識人のようなキオリリだが、戦いの場においては自信と勇猛さを持って戦士の顔つきになる。 がしと、お互いの手を組み合う。空いた片方の手を、テーブルの角で固定する。 「…では、キオリリ対ガトゥーザの試合を始めます。用意は良いですね?」 実況兼審判が二人の組み合わされた手に両手を置く。すさまじい気迫を感じるのか、自分の手が震えている。 キオリリとガトゥーザはお互いの目をじっと見据える。 「…レディー、」二人の目は、組まれた己の手に移る。 ごくり、とあたりの観客達が息を呑む。もはや口を開く者はいない。 「ゴッッ!!」瞬間、高まった二人の気当たりで観客ががたがたと転倒し、ひっくり返り、ある者は数歩たたらを踏んでのけぞった。 「……!!!!」 誰も、口を挟めず離れた位置で戦いを見守っていた。実況が我に返ったのは、すでに勝負の開始から十数秒と経過した後。 「…き、キオリリとガトゥーザ。戦闘開始から動きません。いや、このすさまじい気迫。両者の険しい表情。これは…お互いの力が拮抗しているようです…!一ミリも動きません!これは…我々の見えないところ、理解の及ばぬ所で、二人のすさまじい戦いが繰り広げられている模様…!!!」
「何かすごいみたい」 「は?」 オマールの注文したアイスぎょくろ(おいしい)を運んできたルインは、藪から棒にそう告げた。 当然オマールは、ルインの言動がいつも突拍子無いにせよ、眉をひそめて怪訝に見返す。 「あっちの、一角で」 「ああ、キオリリが腕相撲してるんだよね。何かさっきから静かだけど」 ルインは静かにこくりと頷いて。 「ガトゥーザとやってるみたい、今」 「ふうん」 思ったより淡泊な反応を、オマールがしたのでルインは首を傾げた。 「…何?」 「店、壊れないかな」 「大丈夫じゃない?」 特に根拠のある発言ではないが、ルインの思慮がどこにあるのかを悟ったのでオマールも納得して頷く。 すてすてとテーブルをまわってルインは、オマールの向かいの席に着いた。 どうでもいいけど君、バイト中じゃないの、と思ったが、指摘する気になる前にルインが口を開いた。 「まえは、ボクとガトゥーザが良い勝負だったのにね」 「そういえば、そうだね」 ずっと前。といっても一年も経っていないが、黄金の果実の謎を追いつつ世界を巡って旅をしていた頃は、ルインもガトゥーザも同じくらい、キオリリにはとても敵わない力の差があった。 いろんな職を経験し技を磨き研鑽を積み、長所を伸ばし短所を補い、旅を続けるごとに。 いつの間にか、ルインは腕力でガトゥーザにも遠く及ばなくなっていたらしい。 「ボクは何かと言えば戦いの歌ばかり歌っている気がする。どすこいどすこいと」 「……」 べつにどすこいは歌詞じゃないが。 「君、前に言ってたじゃないか」 オマールは何気なく口を開いたが、ふとルインの視線がこちらを向いて、一瞬息を詰めた(まだ時々こういう事があるのがオマールには非常に不快である) 「お互いに出来ることをする。補うために群れるのだって」 「うん。わかっているよ。オマールに慰めてもらうのって変な感じ」 「慰めてないし。気色悪く笑わないでくれない」 眉をひそめて険悪に睨み付ける。いつまで経っても、まるでいいひと、優しい人、と言うふうに扱われると苛立たしいというか、正直虫酸が走る。 「ありがとう、オマール」 けれどルインはそんなことお構いなしにご機嫌に笑っている。 オマールは、その様子に一瞬安堵する。そんな自分に嫌悪する。 「ボク達も、やろうか」 ずいと身を乗り出して、ルインが手を差しだしてくる。 「…君今までの僕の話聞いてた?」 力の差なんて証明しなくてもそれはそれで良いと、納得したんじゃなかったのか。 「聞いてたけど、オマールもほら、ずいぶん力がついたから、今ボク達がやると良い勝負になるんじゃないかな」 「……余計なお世話だ」 付き合いが長くなると色々とやっかいな思惑も見えてしまう。 魔法使いのオマールは戦士系の職業を鍛えることが稀であるため、力比べなどやるまでもなく見えていた。 「良いから、試しにいっかい」 「君って本当、愚直で呆れてものが言えない」 食い下がってくるしつこいルインを追い払うためには、付き合ってやるのが一番手っ取り早いと判断して、オマールは手を差しだした。 「…右手で良いの」 「あれ?左手で良いの?」 ルインは左利きの両手使いである。キオリリはもしかしたらルインを右利きと思っているかも知れない。そのくらい、左利きであると知っているのは限られた人物だけだ。 結局右で勝負することになった。 手を組み合うと、ぴりっとした緊張が伝わる。どこか緩かった、馴れ合いの空気は払拭される。 オマールの眼は細いままだが、お互いをじっと見合う。 審判も観客もいない。酒場の一角で、ひっそりと二人の勝負の火蓋が切られた。 開始の合図も何も要らない。お互いの緊張が頂点に達したとき、無言のまま、ふたりは肩から先に全神経を集中させる。 「……ッッ!!」 長かったのか、短かったのかわからない、拮抗はいつしか破られ。 だんっ! ルインの手の甲を、テーブルに押さえつけたのはオマールだった。 「…負けちゃった」 「左手でもやる?」 涼しい顔で左手を出してくるオマールに、ルインは一度口を開いたが、真顔のまま首を振った。 「うん、あー、うん。オマールも強くなったなあ」 握られ伏せられたままの手を、オマールは引こうとしたが、ルインはぎゅっと握ったままだった。 「びっくりしたけど、油断した訳じゃないの。ふふ。あーまいった」 「……ルイン」 顔を伏せて、ルインはなにやら落ち込んでいるような。さすがにオマールもわりとあっさり勝てたことに驚きを隠せないでいたが、まさか、傷つけたのだろうか。 「ルイン?」 「――――――今に見てろ」 前髪に、隠されたこんじきの輝きが、こちらを見つめてにやりと笑んだ。 一瞬でも焦った自分を燃やしたい。オマールは引きつる頬を自覚しながら。 無意識に笑みを返す。この子にこんな顔をさせられるのだったら。 (何度でも) 叩き伏せてやる、という気持ちになる。
「で、いつまでやってるの?」 キオリリとガトゥーザは、まだ睨み合っていた。 動かない戦局ほど見ていて面白くないものはない。やがて観客達は各々のテーブルに移り、いつまでもつかない勝敗にしぶしぶながらも店を出て行った。 そして閉店時間が迫っても、客が自分たち以外にいなくなっても、二人はまだ向き合って組み合っていた。 「そろそろ、集中力が切れる頃かも知れないけど」 5杯目のカフェオレを、こくこく飲み下しながらカウンターで足をぶらぶらさせたルインは冷静にコメント。 ルインとオマールは常連のよしみで長くいさせてもらっている。仕方なく二人を待っていたが、そろそろ帰ろうかな…という気になってきた。 「この勝負、勝ちへの執着が強い方」 ここまで来ると、二人をよく知るルインとオマールには、見なくても勝者の予想がついていた。 「キオリリの勝ち」 呟くと同時に、木がたたき割れそうな強い音がして、ガトゥーザの腕がテーブルに組み伏せられた。 「はーっ、はーっ、はーっ…勝ったー!!」 「ぜー、ぜー、ぜー、っくしょ、今に見てろよキオー!!!」
「…同レベル」 「ふふ」 不服そうなオマールのつぶやきに、自分も含めているのだろうと感じてルインは嬉しくなって笑った。 やっぱり、みんなでいると楽しいのだ。
オマールがちからでとうとうルインを越えましたよ記念に。 オマルイ要素を含む、初めての文章になりました(?)
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