[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「サンディ、怒ってる?」 天の箱船三両目にて、サンディは大事なネイルアート用品の整理をしていた。 今までルインにはずっと黙っていた。子どもの頃からの夢。 一度はアギロのいる一両目まで報告に行ったルインが、再び戻ってきてサンディの背に声を掛けてきた。 「ごめんね」 殊勝だったことなど一度もない(いつだって内心はともかくルインは飄々、淡々としている)彼女の声は、サンディの希望もあるかも知れないがいつになくしおらしくきこえた。 そろりと振り返る。 ルインは車両の入り口に立っていた。 「おめでとう、サンディ。小さい頃からの夢が叶って、すごいね」 頭に、先ほど贈ったばかりのコサージュを着けて。 「……チョー似合わない」 思わずサンディは脱力する溜息とともに、だめ出しをする。 「似合わない?そうか。お揃いはちょっとうれしいとか思ったんだけど」 たいして動じた風もなく、ルインは頭の花飾りを外す。やっぱりサンディだから似合うんだよねとか何とか。ああこのたらし! 「あげたのはアタシだから言えたギリないケド、アンタに赤やらピンクやらは似合わないわよっ」 「ふうん?」 好みはあれどお洒落には詳しくない。ルインはそんなものかと首を傾げながら、怒りを収めたらしいサンディに近づいた。 「悪いと思ってんの?」 睨まれた。もしかして顔に出てたかなとルインは思う。 「ごめんね」 今度はまっすぐに謝られる。サンディはさすがにたじろぐ。 怒ってなんて無い。ただ、喜んで欲しかっただけ。すこしだけ、誉めて欲しかっただけだった。 おめでとう、と。 ずっと一緒に旅してきたルインなら、一緒に喜んでくれると思っていたから。 「…もう、いいよ。じゃーさ、お詫びにあんたの手、やらせてよ!プロになったアタシの第一号、特別にただでしてあげる!」 「いいよ」 面白みのない反応もいつものことだ。 素直にサンディに促されるままテーブルの前に座って、ルインは両手を差し出した。 ずーっとずっと、ルインの手をやってみたいと思っていたのだ。 実はちょこちょこ隙をうかがっていた時期は長い。 手入れなんて全然していない、いつも手袋におおわれた手は日焼けを知らず白い。 手のひらはさすがに武器をにぎり続けて硬くなっているが、彼女の手は標準よりずっとちいさく、かわいらしい女の子の手だった。 (この手でまあ、ブーメラン投げるわ斧振るわ弓撃つわ手品出すわとやってるわけね…) サンディは改めてルインの手、指、爪の形を眺め、ふむふむとイメージを固めていく。 やはりルインの爪は整えられてこそ無いが、清潔で卵形でネイル向きの手だ。俄然やる気が湧いてくる。 「よーしじゃあいっちょやるわよー」 「おねがいしまーす」 軽い口調でやりとりして、サンディは無駄のない動きで道具を揃えると、表情を引き締めた。 「……」 ルインが目を瞠り、おや、と思うほど真剣な眼差しで、ルインの爪を綺麗に磨き、形を整え、ぴかぴかにしていく。 「これだけでもう十分綺麗だけど」 「まだ何も塗ってないんですけど!ネイルアートの意味ないし!」 爪をかざして眺め、手を挙げてしまうルインの頭をぺしっとはたく。 いいから!じっとしてる!と怒られて、ルインは素直に従った。 小さいとはいえ、ルインの手はサンディのそれよりずっと大きいことに変わりはない。 そのサイズを顧みず、サンディは筆を巧みに使って微細な力加減で綺麗にむら無く彩りを施していく。 みんなが普段、ルインは器用とかいろいろできると誉めてくれるけれど、こういうものを見るとこちらの方が見入ってしまう。 ボクには出来ない。職人さんの技。 小さな小さな、サンディの小麦色をした指先が、綺麗なものを生み出す。色を重ねてあるいは伸ばして、ルインのゆびさきに宿していく。 女の子はこういうのが好きだよなあ。 他人事のように、サンディの手元に注目しながら思う。 ルインは化粧やアクセサリーなどにほとんど興味が湧かない。けれどサンディが描くこれは、綺麗だと思うしそれを求める人の気持ちがわかるような気がした。 「アンタはさー」 「うん」 話しても良いのだろうかと思ったが、サンディから話しかけられたので返事をする。 「薔薇のコサージュも黒羽のコサージュも、ピンクのお花のコサージュも似合わないのよ」 「ふうん、そうか」 ルインの髪は赤い。主張が強いから頭を飾るはずの彩りが負けたり、同化したりして結果映えないことは多い。 「アンタは白!絶対白!あとはー、薄めの黄色とか緑もイケるかもね」 「うん」 サンディはこの場を借りて、言いたいことを言ってくる。もしかしたらずっと言いたかったことだっりするかも。 「ルインはさ、自分のことボクって言ったり女の子を助けてみたり、何かあるたび無茶したり、それもさ、ルインだと思うよ?アンタらしさって言うかさ、アタシだって嫌いじゃないケド」 っていうか、今はもう、どっちかと言えばそれがルインだ。 サンディも、ルインのそう言うところは大好きだ。 「ちょっとは、良いと思うのよ。もう少し、おしゃれしたり、男の人に護ってもらったりするのも」 こんな、小さな手をして。 小さな身体をして、毎日ルインが傷だらけで戦うのを、サンディには止められないけど。 「ボクは、男の人に護られるのが嫌なんじゃなくて」 ごく間近に、二人の顔があった。サンディは、いつだってルインのきんいろを見るとドキドキしていた。(もちろん恋の動悸なんかではなくて) 「ボクも、男の人を護りたいだけ」 (こんな顔、してたっけ) うまく言えないのだが、ルインはすこし、大人になったのかも知れない。サンディはそう思った。 サンディがずっと心配していた、女の子のルインも、少しずつ成長しているようだ。 「…あっそ!じゃあいいわ」 それはそれで、すこし寂しいような気もする、複雑な乙女心。 「完成っっ!我ながらカンペキッ」 「おつかれー。わー」 「なにその気のない感想」 ねぎらいの言葉をかけ、手を挙げて目の前にかざしたルインが何とも言えない反応をしたのでサンディはむっとした。 パステルピンクのフレンチネイル。ラインストーンをちりばめて、星をイメージしたデザインにした。 「ボクってピンク似合わないんじゃなかった?」 「それは頭の話!あんた色白いんだからその辺はピンクピンクしてていいの!」 我ながら傑作、と思っていたのに親友はこの気の無さだ。まさか感動に瞳を輝かせ一気に少女趣味に目覚めるなどという期待はしていなかったが。 「うん、かわいい」 「!」 けれども、まじまじと爪を眺めたあと、ルインはにっこりと笑ってそう告げたのだ。 「で、でしょー!?可愛いでしょ!アタシ天才じゃない?」 「うんうん。サンディの爪可愛い」 「いやいや、ちがっ…アタシの爪じゃなくアンタの爪…あーもー」 がっくりと脱力して、テーブルの上にしゃがみ込む。 ルインなんてこんなもんだ。 でも、試験に受かって一番に、ルインの爪に触れてうれしかった。 「こんなに綺麗な爪じゃ、戦闘とかできないね」 ルインがぽつりとつぶやくのに、サンディは名案とばかりににっこりとした。 じゃあ毎日やってあげたら、ルインの怪我は減る? それだったら、アタシは毎朝アンタの爪をごってごてにしてやりますケド!
(違うよね。ルインだもんね) きっと毎日爪を綺麗に整えたところで、誰かに頼られれば武器をにぎっていってしまう。 解っているから、口にはしない。 けれど思うのだ。 まだまだお洒落にも縁遠い、小さな、つぼみのようなこの女の子が。 今日はデートだ、などと恥ずかしそうに言う日が来たのなら(来るかはまあさておいて)、はりきって、親友として筆を執ってやろうではないかと。
(ああ、手のかかる!)
サンディはルインのお姉ちゃん。
[0回]