[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「がっくん、どこいくの?」 緑の髪に大きなピンクのリボン。自分の上半身より大きなくまのぬいぐるみを抱えた小さな女の子が、首を傾げて見上げてくる。 「たびに出る」 女の子より少しだけ大きな男の子は、キッと目に力を込めてそう宣言する。 思いつく限りの旅支度を、鞄いっぱいに詰め込んで。 「どこにいくの?いなくなっちゃうの?」 「神様をさがしにいく」 男の子の目は真剣そのもので、それでも女の子は首を傾げる。 「かみさまはお空のうえにいるのよ?」 「いない。神様なんていない。せかいじゅう探して、空の上も探して、どこにもいないって事をたしかめにいくんだ」 「がっくん」 女の子には難しいことはわからない。けれど、大好きなお友達がいなくなってしまうことは解った。 「がっくん、いかないでえ」 「とめるなエリザ!おれは、おれは神様を信じるのをやめるんだ!」 ガトゥーザの、母親が死んで三日後のことだった。
そして、十数年後。一度旅に出たはいいが、戻った故郷は病魔の危機にさらされていた。 「まあ、これでお義父さんもぼくの力を認めざるを得ないと言うことですね」 くたびれた白衣、ぼさぼさの髪に無精ヒゲ。眼鏡をかけた優男、考古学者のルーフィンは、笑みすら浮かべてそう告げる。 本や書類、器具機材が積み上がる、彼の研究室。妻のエリザ以外にはだれも寄せ付けないという、偏屈な天才学者。 「と、言うわけで、あなた達、ぼくをしっかり護衛してくださいね」 「・・・んだと、てめえ」 話は思わぬ方向に進んでいた。ルーフィンが病魔を払う方法を探り当ててくれたはいいが、その原因と思われる封印のほこらまでの道程が危険だというので、ガトゥーザ達に護衛を頼むというのだ。 「あなたたちに封印の仕方なんて解らないでしょう?ぼくが行くしかないし…でもぼくの身にもしもの事があっては元も子もない」 「……エリザ、もちっとましな男を選べ」 「…ガトゥーザ」 「ガッくん…ご、ごめんね。でもルー君悪気があって言った訳じゃ…」 理解が悪いと見たのか、ガトゥーザを諭すよう言を重ねるルーフィンに、額に青筋を浮かべ、不機嫌を隠しもしない。 同郷の友人、キオリリと幼なじみのエリザはそれぞれ宥めようとする。しかしガトゥーザの機嫌は直りそうもない。 街に入ってから常にいらいらとしている。 「ガトゥーザ。落ち着きなよ。あんたが怒ったってみんなの病気はよくはならない」 「……ああ。解ってらあ。くそっ」 それでも辛抱強く、キオリリが平静に戻るよう促す。ガトゥーザは一度目をつむり、 「おい、そこのヒゲもやし!紐で括られて引きずられたくなきゃさっさと支度しろ!」 「ひ、ヒゲもや…」 「あーっ。ガッくんひどい!ルーくんを悪く言うと許さないんだから!」 とても人妻と思えない様子で、眉尻を上げたエリザがガトゥーザの肩をぽかぽかと叩く。 ちっとも痛くない。こんな気安いやりとりも、すぐ怒ったり笑ったりするところも、エリザはちっとも変わらないのだ。 「…あー、はいはい、行ってくっから」 ぽんぽんと頭を叩いてやれば、わたしもう子供じゃないのよ?奥さんなのよと恨みがましく見上げられる。 「……ああ、おめでとう、な?」 「なあに?」 眼を細めて、ガトゥーザはじっとエリザを見つめる。 年は近いけれど、今まで一度もそんな実感したこと無かった、ずっと幼かったエリザ。 (もう人妻…ね。ろくでもねーの捕まえやがって) 「式にも行けなくて、悪かったな」 「?ううん、大丈夫よ。お祝いの手紙くれたじゃない」 あれはキオがうるさかったから、という言葉をつむぐ前に、にっこりとエリザが微笑む。 「本当はガッくんに神父さんをやって貰いたかったの。けれどもういいよ、また会えたもの」 「……」 「もっとずっと会えないまんまだと思ってたから、帰ってきてくれて嬉しい」 キオリリも微笑んで、あんたの旦那さんは傷ひとつつけずに帰してあげるね、と約束する。 うん、お願いね。まっすぐにキオリリを頼る眼差しは、ガトゥーザの知らない、確かに、ひとりの女性のものになっていた。 「…じゃ、早速出発すっか。オイ、チビ」 「よんだ?」 研究室の隅っこで本の山に埋もれていたルインは、ぴょこっと顔を上げる。 「ちょ、きみ!何してるんだ!ぼくの大事な資料に勝手に触ったら駄目だろう!」 「指一本触ってないよ、しゃがみ込んで見てただけ」 「へりくつこねてんじゃねーよ」 ずべしっと頭をはたいて、ルインの赤い頭をひっつっかむとむりやりルーフィンに向けて下げさせておく。 「ごめんなさい」 さすがにルインも空気を読んだのか、淡々と謝罪。 「おまえ足手まといだから、ここで待ってろ」 「……いいけど」 唐突に告げられて目を丸くする。それでもたいした反感も覚えずに頷いた。 「ちょ、ちょ、ちょっとー!あんたが活躍しないでどうやって星のオーラ集めるつもりヨ!」 サンディがその辺でぎゃいぎゃい言っているが、ルインは心境だけでまあまあ、と宥めてみる(当然通じないが) 「…エリザ、体調良くないみてーだ。おまえついててくれ」 ぼそっとつぶやかれた言葉にガトゥーザの横顔を見上げる。 「ボクが頼まれちゃっていいの?」 「キオは戦力だ。オマールよりおまえのほうが見込みはあると見た」 それはどうも、と思っておく。それに、万が一魔物の襲撃があったとき、この街は今あまりに無力だ。 「戦えるやつがいる。頼む」 「わかった」 いつになく神妙な言葉に、ルインもこっくりと頷く。 そういうことなら頑張らせて貰うつもりだったが、ぐしぐしと頭を撫でられて、不思議なことにルインの気持ちはふわっと浮いた。 (うん、ちゃんとやるよ) 「じゃあ、行ってくるよ」 「うん、気をつけていってらっしゃい!」 新婚夫婦は笑顔で視線を交わしあい、まるで朝の出勤風景のように手を振って見送る。 「ふう、行っちゃったね…けほん、けほっ」 「だいじょうぶ?」 身を折って咳をするエリザに、ルインはのぞき込むようにその顔を伺う。 「やだ、この部屋埃っぽいから」 「……お家に戻った方がいいんじゃない、エリザ。もう遅いし」 ルインはふと思いついて、言葉を変える。子供っぽく困った表情を浮かべる。 「ボク疲れちゃった。エリザのお家で休んでもいい?」 「そうなんだ、お話ちょっと長かったものね。いいよ、今日はルー君も帰ってこられないだろうから、いらっしゃい」 おいで、おいでとエリザは優しく微笑んで、ルインの手をきゅっと包むと引っ張っていってくれる。 (柔らかくて優しい手だなあ) ガトゥーザに頼まれたから、と言うのが大きいけど、このひとを護らなければ、と思う。 「そうだ、一緒に寝ましょうか?ルインちゃん、ルーちゃん?」 「るーちゃん?」 「ルー君と少し名前が似てるなって思ってたの。うふふ。わたしたちにはまだ赤ちゃんがいないけど、女の子もいいなあ」 うきうきと声を弾ませる、まだ少女の面影を残す若奥様。その後ろ姿を見ていると、すこし熱いような手のひらをつないでいると、ルインの心はざわざわと落ち着きなく騒ぐ。 (……かげりが見える) エリザの、輝かしい魂に忍び寄る、おぞましく暗い影が見える。
ベクセリアより西の地、人の足の滅多に寄りつかない、茂る森と山々に囲まれた先で、それはぽつんと佇んでいた。 そっけなく石の煉瓦を積み上げただけのつくり。造形美も何もない、本当に封印のほこら。それだけのために存在するような。 「…胸くその悪い気配がすんな」 「なかなか立ち入りを許可してもらえなかった貴重な遺跡なんだ。こんな機会はまたとないだろうね」 街の危機にも、どこか緊迫感のないルーフィンにガトゥーザとキオリリはさすがむっとしたように顔をしかめる。 最初から一言も発しないオマールは現れる魔物を我先にと燃やし尽くしているだけなので、とりあえず放置しているが。 「この先何があるかわからねえんだ。呪文乱発してガス欠起こすような事態は避けてくれよな」 「僕に指図しないでくれない」 祠に入ってからも、一行の雰囲気は良くなるどころか内部の湿気と薄暗さを受け、さらに悪化したように感じた。 キオリリはうんざりする。もしかしたらあの子、ルインがいたら、もっとましな空気に切り替えていけるのかな。あの小さな子には不思議とそんなところがあった。 そのあともギスギスしながら祠に施された仕掛けを何とか解除し、奥の間へと進む。 すると、中央の台座にひび割れたツボが転がっていた。 「やはり封印が解けている!ぼくが睨んだとおり、この前の地震で割れてしまったのか!」 ルーフィンが血相を変えて駆け寄り、ツボを調べようとする。と、その背後から、歪の形を持つ魔物が姿を現した。 (魔物、いや、病魔か!) 「おい、ヒゲもやし、止まれ!」 「え…?うわっ!!ちょ、こう言うのが現れたときのためのあなた達でしょう!ぼくはツボを見てますから、頼みましたよ!」 「ええええー…」 やっぱり危機感のない発言にキオリリは脱力しながら剣を構える。 ガトゥーザははっきりと舌打ちをして、それでも槍を構える。オマールは言わずもがな、杖を掲げすでに詠唱に入っていた。 (街の緊急事態に、娘婿にくだらねえ意地張ってるオヤッさんにも幻滅したが、) ひゅ、と槍を振り下ろす。ぴた、と切っ先を向けた先で、歪な病魔が奇声を上げる。 (いくらなんでもエリザ、男を見る目が無さ過ぎるぜ) 「来な、化け物。二度とベクセリアに手出しできねえようにしてやるよ」
――――――俺が守る。
[0回]