[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
―――――終わりのないものなんて、羽ばたくすべを知る以下略。 「ラフェット!ラフェットはいるかい、邪魔するよ」 「気配でわかってるくせになんですか、ノックも無しにっ!」 仕事の合間のほんの思考すら騒々しく遮られ、ラフェットは分厚い本をばんと机に叩き付けながら怒りをあらわに立ち上がった。 意気揚々と、瞳を輝かせて現れたのは天使界随一の実力者、星のオーラ回収率暫定1位、神に最も近い存在、示すふたつ名の際限ない、最上級天使エルギオスだ。 「次は何ですか!中世のドレスカタログはもうありませんわよ?」 ぶっちゃけ喧嘩腰のラフェットは上級天使への敬いなどすでにどこかへ放り投げてしまっている。 未だに多くの天使の崇拝の対象であるエルギオスも、実態を知るラフェットにとってはただの迷惑なおっさんでしかない。 「カトルカール!カトルカールのレシピが出来るだけ多く載っている資料はどこかな?」 (次はお菓子?) ずいぶんとおとなしくなってきたものだ。少し前まで鉱石を自分の手で加工してアクセサリーを作るだの、資材を手ずから集めてきてお姫様ベッドを作るだの、職人も真っ青な第二の人生の歩みッぷりだった。 ラフェットの頭が痛いのは、その作品の行方が丸わかりすぎてうんざりしているからだが。 「ルインが!ふだんお菓子を食べないあの子がだよ!あんまり甘くなくておいしいケーキが食べたいって」 「そうでしたの…」 それでこの興奮ぶりというワケか。過去の著名パティシエのレシピが多く連なる資料を探し出し抜き出しながら、これもあの子なりの気遣いかしらと思う。 あの子も新しい任に着いたばかりなのに、苦労する。まあ、ほんの幼い頃からその苦労は形を変えただけで、まだまだ続いていきそうだが。 (疲労に効くハーブティーの作り方でも覚えて、今度は私がいれてあげようかしら) あんまりに不憫で、ラフェットはついでにお茶の資料もいくつか抜いておく。 その後ろでは鼻歌を歌いながら待ちきれず資料を漁っているエルギオスがいたりする。 「…楽しそうですわね、エルギオス様」 「―――そう見えるかい」 エルギオスは微笑む。かつて誰もが息を呑み見惚れた、孤高の大天使の笑顔とはまた異なる。 (まあ、私もこっちの方が好きかしらね) うんざりしながらも、資料をあとひとつくらい、と探してあげる気にさせられる。
――――大天使エルギオスは守護天使の任を解かれ、愛に目覚めた。 もとい、次の任を模索しながら、今はしばしの休養期間を与えられている。 おそらくは長老補佐、天使界の重役として、若い上級天使のまとめ役、それに準ずる役職を与えられると思うが。 その、与えられた休養期間、エルギオスは人の変わった献身ぶりで毎日のように、嬉々として、何かを作っては披露していた。 とはいえ永年を生きる彼のこと、有り余る才能と器用さで初めて作るものでも一日で職人芸に達してしまうわけで。 弟子二人がそろって三日帰らぬ日など、彼は徹夜で天使界神殿のホールを改築してしまった。 むしろ周りの天使達がいつ以前のエルギオスに戻るのかとヒヤヒヤとしきりだった。 まあ、一応は今のところ頑張りすぎる新妻のようなかいがいしさがうざいだけで、害のないエルギオスである。 「師匠、食べているところをじっと見られていると気持ち悪いです」 若干、愛の対象である弟子の反応が冷たすぎるが。 「師匠も食べてください」 「ルインが食べているのを見ているだけで、私はお腹いっぱいだよ」 腕によりをかけカトルカールを作って、今日の任を負えたルインを出迎えた。 早速お茶を用意して一緒にテーブルを囲んだわけだが、いつもいつもこんな様子である。 あなたは田舎のおばあちゃんですか。ルインは心底突っ込みたい衝動をぐっとこらえる。 生涯の愛を誓って(?)以来、エルギオスはひたすら甘くなった。優しい言葉をかけてくれ、向ける笑顔も柔らかい。 毒も吐かなければ、こちらが吐きそうになるしごきもすっかりご無沙汰だ。 (ボクはマゾヒストではけしてないけど、はっきり言ってこんな師匠は気持ち悪い。) 失礼な思考を、顔からちっとも隠さずに師を見返す。 悔しいがオレンジピールのカトルカールはおいしすぎるので、もぐもぐと口を動かし続けながら。 「おいしいかい」 「おいしいですよ」 こくんと呑み込んで、素直に頷く。いれてもらったアールグレイも良くあう。 エルギオスがじっとルインを見ていて、ルインも人の顔をよく見る癖があるので、じっと見返す。 紅茶を含みながら、師の無駄に整った顔を見つける。 (何でも持っていたのに、ボクから嫌われるのが怖いんだなあ、このひとは) 今では解る。エルギオスはきっと、ルインに嫌われようとしていた。 そしてもう、その考えはないから、絶対に嫌われたくはないのだろう。 (嫌いになったとしても、離れはしないのになあ) 嫌いにならない、とは思わない。絶対の保証のないことなど誓えない。 けれど二度と離れない。物理的な距離ではなく、心はいつだってこのひとに、近く寄り添っていられると確信できる。 エルギオスの薄い色彩の瞳に、愛情が込められているのが解る。未だに考えていることが解らなくても、それだけは。 「ルインはかわいいなあ」 熱っぽくつぶやかれてルインは紅茶をまともに吹き出した。 「だいじょうぶかい?やけどとかしていない?」 「げほっ、ごほ」 炎の呪文を直接ぶつけて来るような修行をおこなう人が、ぬるくなった紅茶でそんな心配をしてくるとは思わなかった。 「な、なんですかいきなり」 「だって、こんなにかわいかったかなと思って。お前、顔変わった?」 そう簡単に天使の顔が変わるわけがない。そりゃあ、出会った頃からいくらか成長はしているが、ルインはまだまだ大人といえない、少女の姿のままだ。 「日射しの赤も、豊穣の金の眼差しも、頬の輪郭も、あれ?お前こんな顔してたっけ?」 「整形疑惑ですか。そんな疑惑要りませんよ」 さんざん顔は腫らしたが、そこまで変形していると思えない。 ていうか、みずぼらしいとかちっぽけとは良く言われたが、かわいいと言われたことはない。求められたのは強さばかりだったので。 「…お前って女の子だったんだねえ」 「しみじみ認識しないでくれますか。全身見下ろしながら。師匠がいうといやらしいです」 「そうか。いやらしく見てたね、ごめんね」 あっさり認めて頷く師に、溜息が漏れる。 何だか以前よりもさらに、この師匠の相手が疲れるようになった気がする。 こちらも気が抜けないのだ、と、背筋が凍る気持ちになる。 エルギオスがもし、ルインに愛想を尽かす日が来たら、それを思うと。 (――――ボクだって悲しいだろうなあ) 恐怖よりも。
「何ですか、この有様は」 「あ、イザ兄。おかえり」 「イザヤール、お疲れ様。お前も座って食べなさい」 本日の視察を終えて戻ってきたイザヤールは、いつもの習慣で師の部屋に挨拶に向かったのだが、繰り広げられる光景に顔いっぱいの困惑を浮かべた。 円卓に展開される見た目も味も申し分ない菓子達。いつしか追加されているオードブル系のおつまみ。彩り鮮やかなジュースと所狭しと並ぶカップ。 どちらも無駄に手先に器用な二人が即席で作ったのか、紙の花や服飾で使われるリボンが天井からぶら下がっていたり。 (…ここはパーティ会場か?) 「クリスマス、ですか?確かに地上ではそんな時期ですが」 天使界にクリスマスはない。人間界を好む天使の一部でこの時期かこつけて盛り上がりたがるものはいるが。 「ああ、クリスマス、そうだね!それもいいね、まあ、遅れながらルインの一人前記念を祝っていたのだけど」 「普通のお茶会だったのになぜかね」 ルインがフォークを口にくわえたまま、隣の椅子を引いてイザヤールに着席を促してくる。 用を済ませてすぐに退室するつもりだったのだが、観念してイザヤールは席に着いた。 「なら…まあ参加させてもらうとするか。ちょうどこれを、エルギオス様にお持ちしたところだった」 と、持っていたボルドーのボトルを卓上に置く。 「ワインだ」 ラベルを見ずとも解る、ルインがつぶやいて、エルギオスがぱっと目を輝かせた。 飲めないルインのために、アルコールの一切は用意されていなかった。 「上物ですよ」 イザヤールも心なしか表情を綻ばせ、てきぱきとグラスを用意する。その間にもルインがオープナーを取り出す。無駄のないコンビネーションで、きゅいきゅい、ぽん!と小気味の良い音をたてコルクが抜かれた。 上質の葡萄の深みある匂いがグラスに注ぐうちから広がって、いやがおうにも味の期待が高まる。 「お前も飲んでみるか」 ウォッカ用の小さなグラスに注ぎ、ルインにも回してやる。 色の深さに見入っているルインは、初めて飲むよ、と口元を緩めて笑う。 「では、私たちのルインが今後も素晴らしい守護天使としてつとめを果たせるよう、ナザムの…」 「あー、ストップ!イザヤールはまったく、堅苦しくっていけない」 グラスを掲げて口上を述べるイザヤールを、エルギオスは肩をすくめて遮る。 「その辺はボクも同意」 くすくすとルインも、グラスを両手で抱えて笑う。 「かるーく行こう。美味しいワイン、乾杯!」 「かんぱい!」 「何ですかそれは…乾杯」 かんか、かこん!適当にゆるい感じの宣言で、お互いのグラスを打ち鳴らし、三人は口元に傾ける。 「おいしい!イザヤールいい仕事をしているね!」 「今年ウォルロ村の水と、エラフィタの葡萄でワインを作ったんですよ。いい出来でしょう」 舌も確かな師匠に太鼓判を押され、イザヤールもまんざらではなく頷く。 フルーティで飲みやすい口当たりだが、ルインにはまだ早いかも知れない深みがある。もしかしたら苦くて顔をしかめているかも。 すこしからかうくらいの気持ちで、隣の妹弟子に目をやって、イザヤールは固まった。 ルインが机に突っ伏して全力で寝息を立てていた。 「弱い……!!!!」 「ええー、そんなに弱いんじゃルインが大人になっても一緒に飲めないじゃないか」 驚愕に打ち震えるイザヤールとは対照的に、エルギオスは発覚した事実に不満げに唇を尖らすのみだ。 ルインは心の底から熟睡モードらしく、揺すっても呼んでも起きる気配がない。仕方が無くイザヤールが抱えてやって、部屋のソファに寝かせて、毛布を掛けてやった。 「イザヤール、飲もう」 さて主役が寝てしまいどうするか、と嘆息したところに声をかけられ、イザヤールは席に戻った。 エルギオスは手酌でワインをつぎ、かっぱかっぱとあけている。イザヤールは無言で二本目を空けた。余分に持ってきておいて良かった。 ちなみに二人とも酒豪である。普通に飲んでもまず酔わない。 仕事帰りであるイザヤールは、エルギオス手製の料理をつまみにしながら、ワインを楽しんだ。 ルインのリクエストであるところのケーキも一片食べてみた。普段甘いものを好まないイザヤールにも美味しいと思えた。 「おいしいかい?どんどん食べていいからね!」 もうワインしか口にしていないエルギオスは、食べる姿を満足そうに見守っている。 (母親ですか、あなたは) 妹弟子と同じような突っ込みを心中で入れる。 突っ込んで、自分の考えに苦笑を浮かべる。 (いや、我々の、親のようなものであることに違いはないか…) 導かれ、育てられ、今もこうして慕ってしまうのだから。 「私はね、イザヤール。この子に殺されようと思ってたんだよ」 卓上にともる灯りにてらされた師の顔を、イザヤールは視線だけを上げて見つめた。 「私を殺せるくらい強くなってくれたら嬉しいじゃない。安心して、後を任せられるし…もう、退屈なんてしなくて済むし」 (師匠殺しの天使が守護天使の任を頂けるとは思えませんが) イザヤールは黙って、うつむきがちに思いを吐露する師の言葉を待った。 「そう、私は、もうあんな退屈はごめんだったよ…」 自分なんて誰も必要としてはないんじゃないか、自分には何の意味もないんじゃないか。 どうしてこんなに、私はひとりぼっちなのだろうと。 「そんなふうに、世界を倦むまで考え込むことも…」 「…だからあのように過酷な修行に励まれたのですね」 エルギオスは、かえってイザヤールが言葉を発してくれたことに安堵したようだった。 こくりと頷く。イザヤールを見返す瞳はしかし、頼りなげな印象とはほど遠く。 「ルインに嫌われようとしたよ。イザヤールと同じようじゃ、私を慕ってしまうから」 憎まれなければならなかった。師を越えたその時、弟子は師に報復を覚えるようでなくては。 「あなたの人選ミスです。ルインはもともと慈悲深く我慢強い子だった」 「そうなんだよ。しかもものすごく弱かった。見込み以上に弱かったんだ」 わざわざ二回繰り返す。結果一人前になったところでとてもエルギオスを殺せる力もなく。 そして、その弱さゆえに優しい子だ。 「…あんなにいじめたのに、私のことを愛してくれると言うんだよ」 (正直、今後のルインが心配になってしまった。私が言うのも変な話だけど) 眉を寄せるエルギオスの心境が伝わったのか、イザヤールも苦笑する。 「相手にも寄ります。あの子はアレで、負けん気が強いので。嫌な相手は嫌と言います。ただたんに、あなたのやり方も悪かったのでしょう」 憎まれようと、嫌われようとしていたって。 「エルギオス様はルインを鍛えることには真摯でいらっしゃった。その真実は変わりない。ルインはそれを正しく受け止めただけです」 はふ、とエルギオスは気の抜けた溜息をつく。 「お前はよく解ってるみたいだね。私のことも、ルインのことも?」 「間近で見ていましたし。身に、覚えもあることですので」 すこし眉を下げ、参った、とでもいいそうな師の顔を見ていると、長年気を揉んでいたイザヤールの溜飲も下がるというもの。 「心配を、かけたんだね…イザヤール、お前にも」 「私には大したことはありませんでしたよ。ただもう、幼子を血だらけにするような真似は控えていただきたいですけれど」 「うん…まあそれは修行の一環だからともかく」 (反省していないなこのひとは) 落ち込んだり目に力を入れてみたり、語るエルギオスの浮き沈みが激しいのを、訝しむよう半眼で見やる。 「もう、世界が滅びればいいのに、みたいな風には思わない…この世界に絶望はしない」 そんなことまで思っていたのか、と半ば驚きながら、イザヤールは師の眼差しを見つめる。 「あのころは知らなかったんだ。世界にあの子がいるなんて知らなかった」 あなたをひとりにしたりしない。 おかしくなったら止めてあげます。危機に陥ったら助けてあげます。 当たり前のことのように、死にそうになっても言ってくれた揺るぎない金の眼差しを知らなかった。 「私は、たぶんあの子に出逢うためにうまれてきたんだ」 イザヤールは、エルギオスの目が幸福で緩むのを見て目を伏せた。 (私も知らなかった) こんな風に、胸に熾火のような熱がともることも。 (こんなあなたを。こんな自分自身を知らなかった) そしてそれを、あまり疎ましく思わない自分がいるのだ。 「それにあの子に出逢えたのは、お前のおかげだよイザヤール」 突然、向けられた話の矛先に虚をつかれて目を瞠る。 「私ですか」 「そうだよ、そもそもあの子が生まれてくる前にお前が私の人生に現れてくれなければ、もっと早くに私はおかしくなっていたかも知れない」 お前がいたから生きていられるんだよ。告げられる言葉に狼狽える。 そんなふうに、言ってもらいたいわけではなかった。なので、口をついたままの言葉はわずかに早口だ。 「あなたも年相応の落ち着きを、ようやく得たと言うことですね。良かったですね」 「はは、イザヤールは相変わらず素直じゃない」 お互いのグラスに零れるぐらいワインを注ぎあって、何度目かの乾杯を交わす。 「…しかし今からそんなふうで、もしルインに特定の異性が現れたらどうするんですか」 「え?何の話??」 とたんエルギオスの放つ温度が急低下したのでイザヤールはこの話題を無かったことにしつつ。 (ルインも苦労する) 眠る妹弟子の赤い髪を目で追う。 エルギオスひとりでも手に負えない事も多いだろう、これからも出来るだけの手助けをしてやりたいが。 (私にも生涯の愛を誓ってくれるか) 今、告げるのは不憫だろうか、負担が多すぎるだろうか。 色々と遅くならないうちに、イザヤールは妹弟子に話したいことがいくつかあった。
エルギオスの悲劇が絶対に起きない(?)そんな平和で穏やかな天使界のお話。
おわり。
―――――――――――――――――――
一妻多夫制エンド…ではありません… むりやりにクリスマスネタも仕込んでみました。
めざすところは「とにかく幸せなエル様」でしたが、自分の萌えを優先した部分もあってなんか結果的に女主ハーレムエンド気味? す、すこしでもこのエル様は幸せそうだね!と思ってくださると嬉しいです! イザ兄はエル様のことも好きです!ちゃんと好きですよ!(二回言いました) 読んでくださってありがとうございました!
[0回]